静かなる言論の力を信じよ

拙ブログ管理人は、政治ブログを始めた直後は、新興保守系団体の活動家のノリだったが、今は、静かな言論の力に目覚めつつある。



「静かなる言論の力」の一つの例として、加瀬英明の憲法改正必要論について紹介しておきたい。
加瀬英明は、憲法改正によって「主権回復」だとしている。

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http://www.kase-hideaki.co.jp/magbbs/magbbs.cgi

憲法改正が実現する日こそ、主権回復の日となる
Date : 2019/06/03 (Mon)
 4月28日に、都内で「主権回復記念日国民集会」が行われて、私も弁士の1人として登壇した。

 この日は、日本がサンフランシスコ講和条約によって、昭和27(1952)年に独立――主権を回復した日に当たる。

 これまで、私はこの日の集会に参加したことがなかった。というのは、アメリカ軍による占領下で強要された憲法があるかぎり、日本が独立国として主権を回復したと思えないからである。

 現行の日本国憲法は前文の冒頭で、「日本国民は(略)政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する」とうたっているが、「政府」というのは、日本の政府のことである。

 私は日米近代史の研究者として、先の大戦はアメリカ政府の行為によって起ったと信じているが、この前文は不当なことに戦争の咎を、日本だけに負わせている。

 憲法第9条『戦争の放棄、戦力及び交戦権の否認』では、「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇または武力の行使は」「永久にこれを放棄する」「陸海軍とその他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権はこれを認めない」と述べて、日本の主権を否定している。

 猛禽猛獣がうろつくジャングルである国際社会で、日本を赤子の生け贄のように放置しておくと述べているのだ。ここの「武力による威嚇」は、「武力による抑止力」と読むべきである。

 私は集会で登壇して、「残念だが、この憲法があるかぎり、日本が主権を回復したとはいえない」と、訴えた。憲法を改正した日を主権を回復した日として、祝いたい。

 現行憲法は日本国民に、国家権力が悪であり、戦うことがどのような場合においても、悪であると思い込ませてきた。だが、どのような国家も、国民の負託に応えて権力を行使するし、国民の生命財産と独立を守る必要に迫られた場合に、戦うものだ。

 いうまでもなく、権力は悪ではない。自国を守るために戦うことが、悪であるはずがない。日本は国旗、政府があっても、国家としての要件を満たしていない。

 それなのに、いったいどうして日本の主権を否定する、憲法の名に価しない憲法を、今日まで戴いてきたのだろうか。

 私は現行憲法を“偽憲法”と呼んできたが、どうしてこのような重大な欠陥がある憲法を、今日に至るまで改めることがなかったのか、理解できない。

 多くの国民にとって先の敗戦は、男であれば戦勝国によって睾丸を抜き取られたか、女であれば強姦されて、処女を失ったような強い衝撃を受けて、なすことを知らず、自暴自棄になってしまった。

 そのために、自己を社会からはずされたアウトキャスト――除(の)け者とみなして、はずされた者だから何をしてもよい、何も責任がないという自虐的な態度をとるようになってしまったとしか、思えない。

 日本はまるで不良少年か、不良少女のような国になってしまったのだ。自棄(やけ)になって、自分に対する責任を負うことも拒んでいるのが、護憲派の本性なのだろう。

 護憲派を更生させなければ、日本が亡びてしまおう。

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||



静かな主張だが、内容的には、護憲派(政治家、学者)の主張を圧倒する一文である。

次に紹介したいものがある。それは、改元の意義と歴史的経緯である。

―― 参考情報 ――――――――――

改元の意義と歴史的経緯
http://nihonshitanbou.blog.fc2.com/blog-entry-642.html

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歴史的経緯を読み込んでいくと、あの時期に決行された沼山光洋氏の自決の意味を改めて考えざるを得ない。




遺書にはこう書かれている。主張自体は、一見静かなる体裁である。

―― 参考情報 ――――――――――

靖國會 沼山光洋事務局長の遺書
https://blog.goo.ne.jp/tennouheikano/e/4b313f7a48d8cd1efd6d5b2a177b4394

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時代は変わるのだ。そして、アメリカの覇権は永遠に続くものではない。



しかし、我々日本人の多くは、時代を越えて繋ぐべきもの、紡ぐべき精神を失いつつある。
日本は敗戦によって、破壊され、日本のこころも失われつつあることを指している。

沼山光洋氏は、「死は生の延長である。人は生まれた瞬間から死へと向かう。豊な人、貧しい人にも必ず死は訪れる。そしてその生命に意義を持たせるのは生きている人間である。本日五月十一日は第五筑波隊の皆様、西田高光命のご命日である。高邁なる精神で後の民族の誇りの為にと散華された、貴い意義ある生命であったと語り継げるのは生きている人間だけである。この特攻隊員の皆様の多くが大楠公、楠木正成公の「忠」の精神を紡いだ。肉体を紡ぐことは出来ないが、精神は紡ぐことが出来る。そのための土台となる時代、教育が存在していた。たった七十四年前の出来事である。」という名文は、皇国史観派にとって、平成を総括する言葉になるのではないか?

迂闊な動機で、(皇国史観の)通史を書くものではないし、売れればいい、剽窃と言われようがパクリと言われようが逃げ切れればいいというスタンスの言論人に、通史を書く資格はない。
さらに言うと、三島由紀夫の自決、沼山光洋氏の自決について、まったく言及しない、「通史を刊行した、皇国史観の歴史家たち」は歴史の何を見ていたのか、ということになる。
通史を書いた、渡部昇一、西尾幹二、百田尚樹、田中英道を比較する意義はここにある。
渡部昇一流に解釈すると、歴史の虹が見えている歴史家なら、自決史についてふれざるを得ない。三島由紀夫の自決に触発、刊行された、名著「高貴なる敗北」(アイヴァン・モリス)は、「皇国史観を紡ぐ悲劇の意味」を解説、三島由紀夫の主張を補強している点において、忘れてはならない一冊である。

当時の三島由紀夫は生長の家と係わりが深かった。私の母は、一時期、生長の家の信者みたいなものだった。父が、生長の家の事務職に転職することを薦められたこともあった。ゆえに、三島由紀夫の自決は、衝撃的な事件として覚えている。自決報道の新聞記事は、政治に無関心でもしっかり読んでいた。加瀬英明が小学生時代、父から聞いた言葉を忘れていないように、三島由紀夫の檄文は、たとえノンポリであったにせよ、ノンポリの時代が長かったにせよ、私の心の中に刻まれたDNAである。

―― 参考情報 ――――――――――

核武装は抑止力そのもの 加瀬英明
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-1649.html

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DNAは刻まれたのだから、いつか必ず継承されることになる。




その「沼山光洋さんを追悼し感謝する集ひ」の情報がある。情報は百人の会から入手したもの。

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沼山光洋さんを追悼し感謝する集ひ

【日時】

令和元年6月23日(日)午後1時より

【会場】

靖国会館(靖国神社内)


以上、ご案内いたします。

  令和元年5月31日

       友人一同


≪お願ひ≫

1.6月23日は「沖縄慰霊の日」です。沼山さんは沖縄を強く意識されてゐました。お越しくださる皆さんは、集ひの前または後に靖国神社に参拝してください。全てのご祭神はもちろんですが、この日は特に沖縄防衛のため命を捧げた方々に心をお寄せください。

2.沼山さんは民族派、保守派を問はず、多くの運動に獅子奮迅かつ東奔西走の活躍をされました。しかし、自分の名前を表に出すことを遠慮され、裏方や黒子に徹しました。沼山さんの姿勢を見習ひ、集ひは委員長とか代表とかの役職を設けず、個人名を連記することなく、「友人一同」として執り行ひます。私たちの真情をご理解ください。

3.お花などは拝受いたしますが、ご尊名などの名札は外させていただきます。ご無礼の段あらかじめご容赦ください。

4.会館には公共の交通機関を使つてお越しください。万が一、お車をお使ひになる場合は、靖国神社の外苑にある有料駐車場に駐車してください。

5.平服でお越しください。

6.靖国神社へのお問ひ合はせは絶対に差し控へてください。また、ご遺族は心痛かつ心労が激しいですので、ご遺族へのお問ひ合はせなどもご遠慮ください。お問ひ合はせなどは下記までご連絡くだされば、できる限り対応いたします。

メール miego315nippon1momotaro@docomo.ne.jp

7.私たち友人一同、沼山さんにのみ、ま心を尽くして集ひを執り行ひます。もちろん靖国神社への礼儀、ご遺族への配慮は弁へてゐます。しかし、当日お越しくださいます皆さんにまでは配慮する余裕はありません。皆さんには不行き届きなことが多々あるかと存じますが、ご海容ください。

以上、宜しくお願ひ申し上げます。


||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||



私は、沼山氏にお会いしたことはない。が、事務局ブログにトラックバックしたことがあるので、沼山氏は拙ブログの存在をご存じのことと思う。

私は、沼山氏の自決によって、静かなる言論の力に目覚めた。
街頭でがなりたてるのが格好いい言論活動ではない。日韓断交を叫んで何の解決にもならない。NHK解体を叫んでも手順と方法について記さない限り、何も実現しない。
内容的に批判しかない言論活動も、目の前の現実を何も変えられない。批判するだけで満足している言論人が多すぎるのである。

かような状況で、平成の時代に区切りをつけるべく、國體のあるべき姿を意識、自決された沼山氏の存在、そしてその遺書に書かれている言葉は、皇国史観派の歴史書において三島由紀夫の檄文とともに、皇国史観派の歴史書に記さるべきことであろう。皇国史観派である自信はないが、私が著者なら、省略することはない。

なぜなら、その「静かな言葉」には『「歴史の虹」を紡ぐ言霊が宿っている』、と信じるからである。


以上

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