学者と在野の研究者の力関係

本稿は、在野の研究者の説が、学者からデマだと拡散されたらどうすべきか?という視点でまとめたもの。




在野の研究者が歴史論文を書いたとする。
その歴史論文が、歴史学上の論文に値しているかは別として、一応、一般人から見てそれなりのことが書いてあった場合を想定している。
一般論として述べると、学者なのだから、公にデマだと言うなら、学術的根拠を示し、一般人にわかるような方法で学者の説として示す義務があるだろう。根拠も示さずに、デマだと言うなら、それは学者の主張ではない。言いがかりである。裁判沙汰になったら敗訴するのではないか。



ここで、ある有名な、人類の文化遺産の論文レベルのものに係わる、学界の権威の見解、在野の研究者の見解を紹介させていただく。


素材は、「いろは歌」である。
まず、学界の権威の記述を読んでみたい。。

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「いろはうた」
小松英雄

2 以呂波の古い姿

「以呂波は、無実の罪で処刑されようとする死刑囚の残した、暗号による遺書であるということを証明した人がいる。その死刑囚というのは『万葉集』の歌人として有名な柿本人麻呂だというのである。もちろん、その最初の手がかりは「咎なくて死す」にある。著者は詩人だということで、奔放な着想がなかなかおもしろいが、日本語の歴史についての初歩的な知識を備えた読者には、胸をときめかせてそれを読むことができそうもない」

「……それは、柿本人麻呂が以呂波の製作に関して無実であったことの証明としても、必要かもしれない。もちろん、日本語史の専門家にとっては、一笑に付すべき妄説であるにしてもー。」

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随分な言い方である。いろは歌の作品としての価値を認める気がないようだ。
このように素材を扱うのは、分類上、いろは歌は作品として、ことば遊びに分類されるからだ。ことば遊びは、どんなに優れた作品であろうと、現代の学者の研究対象から除外される、それが権威としての態度なのである。



では、在野の研究者は、どうみていたか?

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ことば遊びの楽しみ
阿刀田高

137頁
「科なくて死す」

篠原央憲『いろは歌の謎』(カッパブックス)という興味深い一書がある。内容をかいつまんで紹介すれば、いろは歌は万葉の歌人、柿本人麻呂の作。無実の罪を着せられて幽閉生活を送った歌人が、長い日時をかけ、苦心のすえ自分の無罪を訴え、末長くそれが残ること(名作であれば、そうなる)を意図して創ったもの、としている。

139頁
これは昔から指摘されていることだが『いろは歌の謎』はこれを端緒として柿本人麻呂の恨み多い最晩年を文献的にたどり、いろは歌が暗号文として創られたことを論証している。しかも、いろは歌はこの事情を反映して従来言われているような仏教的な解釈なんかとんでもない。この歌の解釈として『いろは歌の謎』の著者は言う。

「この世は無常である。あすの運命がわからないものだ。きょうの権力者であるお前のあすもどうなるかわからない。わたしもそうだが、お前も、誰もどうなるか、まったくわからないのだぞ。」
といっているのだ。これは、あきらかに、無実の罪に陥れられた作者が、自分を陥しこんだ者に対して怒りをこめて叫ぶことばである。つまり、権力側への告発のことばである。(中略)かつて、「色の匂う」世界で、花やかに活躍したことのある作者は、それに思いをはせ、現在の悲惨な囚人生活を思い、
「むかし、自分も花やかに暮らしたことがあったが、それは浅い夢であった。いま、この時に至って、もはや自分は、そんなことに酔うこともない。」
となるのである。それは、じつに暗い、絶望の叫びであり、まさに個人的な怨念のこもったことばである。

140頁
ただの思いつきではなく、この歌が創られたときの権力情況、さらに国語学的妥当性なども充分に言及されている。そして万葉がなで書かれた七文字くぎりの記述の下から三段目、本乎津能己女(ほをつのこめ)にも暗号が隠されていることをも論証の補足としている。
一流の歌人が蟄居生活の苦しみと恨みを胸にたたみながら執念を燃やし、熟慮に熟慮を重ねて創ったものであればこそ、これほど周到で、みごとな歌が完成したのだ、という主張も一応の筋が通っている。『いろは歌の謎』をどこまで信じるかはともかく、どういう立場を採るにせよ、この歌が簡単に創れるものではないことは明らかだろう。

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こちらは、そしていろは歌の謎について解明したとする在野の研究者に対し、肯定的な見解である。

これら二つの見解を読むと、学界権威の在野蔑視が気になる。
ちなみに、私は、とある人物から「君は、私が〇〇学会の権威であるとういうことを知っているのか」と聞かれたことがある。この次元の話と同様、世の中には権威をひけらかす幼稚な人物がいることは知っておくべきことである。

小説家阿刀田高は、同じ本の中で、「いろは歌」についてかく述べている。

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134頁
人類の文化遺産として
いろは歌はことば遊びの極致である。創るのが一番むつかしい。まったくの話、いろは歌は人類の文化遺産として高く評されてよい大傑作である。

135頁
いろは歌は、かな文字すべて一回ずつ用いて歌を創るという、とても困難な第一段階を満たしながら、同時に第二段階を、しみじみと胸に迫る哲理をしめしてみごとに訴えかけている。ここが凄い。

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私もそう思う。


ことば遊びであろうと、創るのが難しいことを作品として完成させたことについて、学者だろうが、在野の研究者だろうが、素直に認めるというのが、道理であろう。

学者というのは、学界を支配する価値観、過去の学者の研究実績は尊重するが、学界が価値を認めない分野の作品、学術的分類からはじき出されたものについては、研究に値しないという態度をとる。



それゆえ、そういう分類の作品を扱った、在野の研究者は、権威である学者から「デマ」だと言われやすい状況にある。

歴史学の世界ではどうだったか?
歴史学者たちは、95%までが思想的に左翼共産主義者と言われた時代があった。彼らの研究態度は、南京虐殺は中共が主張するのだから存在し、慰安婦問題は韓国がそう主張するのだからそのとおりだろうと考えたように見える。
歴史は科学であると、歴史学に詳しい歴史学者たちは語るが、中韓の主張を鵜呑みにする研究態度は学者として問題であろう。

外交上の歴史認識論争のテーマであった南京虐殺、慰安婦問題、中韓がいい加減な根拠に基づき日本軍が加害者であるとして喧伝し続けてきた。これに対し、在野の研究者たちは、悪魔の証明を続け、なんとか中韓の外交攻勢を阻止するところまで来た。
それは、歴史学上無視できない論文ないし論文レベルの調査報告書(南京虐殺については、田中正明と田中正明に続く研究者たちが書いたもの)が存在していたから実現したことである。

これは、在野の研究者の努力と研鑽によるものである。歴史学研究に、学者のように政治思想を絡ませ、色眼鏡で歴史を眺め分析する必要はあるのか、中韓の主張を鵜呑みにする必要はあるのか。



アメリカ史専門の、渡辺惣樹は、日本にいるアメリカ史の学者(権威)に自身の見解の照会を求めても無視されたことが続いたという話もある。(本で読んだことがある)

これは、論文あるいは論文に相当する文章を書いている学者についての見解である。


もちろん、学者なのに、専門分野での研究活動を行わず、論文をまったく出さず、信者や一般人向けに売れることを狙った啓蒙本ばかり出す人を学者とは言わない。

学者であると言うなら、その優先順位とは、研究活動、論文執筆、学界活動、学生の指導であるはずなのである。

以上

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