「国民の義務」について

本稿は、基本的には私的憲法論。
拙ブログ管理人は、憲法上の権威も学術的知識もなく、大学で日本国憲法を受講しただけである。が、日本国憲法が、GHQの素人によって雛型が起草されたことを知ると、拙ブログの見解も彼等素人GHQスタッフと同程度以上の、言論上の存在価値があるはずだ。




本題に入りたい。




憲法改正について、多くの人が議論の対象としてイメージするのは9条であろう。
私は、9条の他に、追記すべき条項があると思っている。

たとえば、「国民の義務」はどうであろうか?

日本国憲法前文に、平和を愛する諸国民の公正と信義に期待し、施行された憲法であると書かれている。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

日本国憲法
日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。

日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

平和を愛する諸国民の公正と信義に期待できない場合は、どうであろうか?
国家がすべて準備し対応するのであろうか?国民各層においても義務が求められるべきであろう。

と考えると、国民の義務条項は、国防上、重要な意味を持つことになる。




ここで、国民という字句を拡大解釈したらどうなるか考えたい。

国会議員の義務はなくていいのか?
大学教官の義務はなくていいのか?
教師の義務はなくていいのか?
記者の義務はなくていいのか?
宗教活動する人の義務はなくていいのか?
帰化人の義務はなくていいのか?
在留外国人の義務はなくていいのか?

少々大袈裟な解釈となるが、憲法に国民の義務が、追加されることで、国を売る議員、私的政治活動に明け暮れる大学教官、授業中に政治発言する教師、中韓寄りの視点で記事を書く記者、半島の繁栄のための宗教活動者、スパイ活動する帰化人、反日ヘイト活動する特別永住者は、激減するのではないか。




すなわち、9条は国防を担う組織としての自衛隊の機能、意思決定について規定しているのであって、国民各層においてこれを補完する条項があってしかるべきと考えるのである。




ここで、国民の義務に関する二つの事例について示す。

■事例1

平和を愛する諸国民の一人、グレンコ・アンドリー氏が、東京新聞の取材受け、東京新聞の偏向報道、報道しない自由に対抗し、取材を受けた経緯と取材内容を紹介した記事が、 【靖国神社で交わされたウクライナ人国際政治学者と東京新聞記者との会話】というタイトルで、メルマガ「週刊正論」にて配信された。
平和を愛する諸国民は、在留外国人の義務を認識し、日本を愛するが故に、東京新聞が正確に取材内容の全部あるいは一部を報道しないことを知っていて、かく発言したことに留意する必要がある。
東京新聞は、都合の悪いことは削除する報道方針であるようだ。

メルマガ「週刊正論」は無断転載禁止となっているため、本人ツイッターを転載させていただく。

||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||

https://twitter.com/Gurenko_Andrii/status/1163362544062349313

グレンコ アンドリー


@Gurenko_Andrii
フォローする @Gurenko_Andriiをフォローします
その他
先日8月15日に靖国参拝した時に、東京新聞(よりにもよって)の記者がやって来て、いくつかの質問をしました。私は拒否せずに答えることにしました。最初はどこ出身かとか、日本が長いのかとか、当たり障りのない質問から始まりました。その後段々何故ここにいるのかとか、本題に近づきました。(続く)

グレンコ アンドリー


@Gurenko_Andrii
8月19日
その他 グレンコ アンドリーさんがグレンコ アンドリーをリツイートしました
私は英霊に敬意を表す為と答えたら流石左翼新聞というべきか、「戦争に強制的に行かされた人もいて、遺族はここに祭られるのを嫌がる人もいる」とずるい質問が来ました。少し困りました。確かに、日本兵は全員自分の意思で戦場に行った訳ではありません。なので、私は少し考えてこう答えました。(続く)

グレンコ アンドリー


@Gurenko_Andrii
8月19日
その他 グレンコ アンドリーさんがグレンコ アンドリーをリツイートしました
「戦争という、国家存亡がかかっている究極な状態では、平時のように人を自由にさせる余裕がない。それは日本に限った話ではなく、当時の参戦国は皆、国民を戦争に動員していたので、日本が異常なことをしていた訳ではない。従って動員された方々と自分の意思で行った方々を同様に祭るべきだ」と。

グレンコ アンドリー


@Gurenko_Andrii
19時間19時間前
その他
先日、靖国参拝した時に東京新聞の記者にインタビューされた事について投稿したのですが、投稿の最後に私の回答を載せないでしょうと推測しましたが、載せてくれました。重要な部分はかなり略されていますが、修正せずに私が言った言葉を載せてあるので、報道機関としてのルールを守っているようです。

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||






■事例2

最近、平和都市宣言なる用語を、自治体施設にて見かける機会が増えた。

―― 参考情報 ――――――――――

役所で見かける「平和都市宣言」の看板にはどんな意味が?
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/life/159870

―――――――――――――――――

核兵器廃絶だけなら意義あることと思うが、アメリカの核兵器にだけ反対し、中共、ソ連、北朝鮮の核兵器について、反対でないのなら、まったく意味がない。
自治体施設にて関連イベントが行われていることご存じであろうか。
一方で、「13歳からの平和教室」、 「平和教育ハンドブック―戦争のない世界・平和の文化をきずくために」、「平和教育を問い直す―次世代への批判的継承」のような本が存在している。学校教育の現場で、このような類の本がどう活用されているのか?、誰がどのような場面で必要とするものなのか、知りたいところである。

悪意で受け止めると、これらの本、イベント等は、すべからく、平和を愛さない国家から侵略戦争を受けた場合、日本国民を無抵抗とさせるべく機能することを目的としているのではないか。
すなわち、「平和教育」なる教育用語は、有事の際の「国民の義務」を放棄させることを狙いとしているのではないか、との疑いを持つのである。





本稿のまとめに入りたい。

保守系言論人たちは9条改憲すればなんとかなるような趣旨で語ることが多い。
しかし、現実は、9条改憲の他に、抑止力としての核武装が避けて通れない。田母神俊雄が提言したような核武装計画はもっと議論されるべきことである。
加えて、侵略戦争に国家規模で対抗するには、国民の義務が欠かせない。現状、国内には、反日議員、反日大学教官、反日教師、反日記者、反日宗教活動家など、反日あるいは日本を弱体化させる意図を持った人たちが多数棲息、平和を愛さない諸国家と連携しつつ政治活動している。

憲法に「かたち」が必要なら9条改憲は当然だろう。
ただし、憲法に「こころや魂」が必要なら、憲法における「国民の義務」条項の重要性について、保守言論界でもっと語られるべきではないか。



「国民の義務」を、憲法に条文として追加できれば、反日政治活動の抑止力に十分なりえると考えるからである。



以上

この記事へのコメント

web拍手 by FC2