世代間の「道徳観」の違い

道徳に関しては、老人世代と若者世代の比較となるが、(インテリ階層に限定すると)若者世代の方が、言われなくてもきちんとやっているような気がする。

たとえば、登山マナーに関しては、圧倒的に、山岳会幹部等、老人たちのマナーの方が問題だと思うことが多い。登山道入口で繰り返される、焼肉パーテイなどは論外。最近、参加したボランテイア活動を支える中心世代は、圧倒的に50歳以下。

若者を批判するのが好きな老人世代は、自ら行動で手本を示すべきと思っている。




私は、そもそも「道徳」について語ることは好きではない。道徳は、他人に強制するものではないし、自ら模範を示すほどの人物でもないと思ってきたからである。




さて、都知事で辞職することになった、猪瀬元都知事については、一般的には、もともと思想的に左翼だったとする評価が主流である。
猪瀬直樹は保守の顔をした左翼だった
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-1680.html

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上記記事、全共闘時代の生態を知らない人には、いささか難しい書きぶりである。簡単に書くと、この世代の相当数の人たちは、見えないところでちょろまかし行為を平気でするのである。猪瀬知事も同じ感覚でついついやってしまい、暴露されて辞任せざるを得なくなっただけのこと。
道徳を説き日本の心を人前で語る、有名歴史系ブロガーなどは、その典型。保守系団体幹部としてカネを流用したり、企業役員になって人事書類改竄(気にいらない人を貶める)に手を染める人を、私は何度も見てきた。管理職会議で、管理職が手本を示すべきだと語った管理職その人自身が、手本になる行為を一切しない人でもあった。
講演などで声高らかに自己犠牲を語る人が、日常的には自己犠牲に程遠い方であることは珍しくないのである。

この世代、手本になる人が極めて少ないのである。手本になる人は、絶滅危惧種として扱ってもいいくらいなのである。会社の交際費で飲み食いするのは、まだマシな方=良心的な方なのである。

従って、猪瀬直樹については、仮に左翼であるという評価があろうと、都知事辞職する経緯があろうと、かつて遭遇した人たちとの比較すると、道徳的には、まだ数段マシな人物に見えるのである。




さて、「日本が世界で輝く時代」にて田中英道は、一般論としての道徳、猪瀬直樹の人物像について、かく述べている。

||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||

150~151頁

西村茂樹の思想の再検討

「道徳」という言葉そのものが、戦後、多くのマルクス主義者やリベラリストたちによって、人間を抑圧するものの代名詞のように語られてきたことは、いみじくも戦後「民主主義」が、「道徳」論を欠いたことを示しています。
「道徳」の教科化が薦められている今日でも、「軍国主義の柱である修身科の復活」や「価値観の押し付け」などと言って日教組が反対していることは、裏を返せば、彼らが「道徳」を否定していることを露呈させています。しかし今や、彼ら自身のイデオロギーの崩壊によってその主張は力を失い、「道徳」をあらためて論じる時期に来ていると感じられます。それは教育界だけでなく、政治、社会の中でも重要な課題となってきました。早くから「日本道徳」を説いた西村茂樹(一八二八~一九〇二)の思想についての考察が、この時代になって大きな示唆を与えるようになってきたとも言えるでしょう。

現代の「道徳」の荒廃は、何もいじめの問題だけでなく、たとえば戦後「民主主義」の選挙で、四百三十四万票もの歴代最多の投票数を得て東京都知事になった猪瀬直樹氏が、金銭「道徳」の欠如で、その地位を一年で退いたことに端的に示されています。氏は、初の戦後生まれの都知事となった人物です。ここに戦後教育の「道徳」観を示す戦後世代として一典型を見ることができると言っていいでしょう。氏は、一人の論客としての、戦後の「マルクス主義」の洗礼を受けた「全共闘世代」の一人でもありました。

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||

冒頭で紹介したブログ記事、前述での私見、田中英道の見解を総合すると、道徳教育の教科化を必要とするのは、「戦後生まれ最初の世代の道徳観の欠如」が背景にあると私はみている。

道徳観の欠如状態を世代継承させていいのか、ということなのである。




私なりの経験から「道徳」を定義すると
「人がいない場所、人が見てない時間において、倫理的に間違っていない行いを自発的に行える、人としての態様のこと」となる。
そういうものの考え方を実体験できる機会がボランテイア活動の中にあると思っている。

最近、複数のボランテイア活動に参加した。その主力として活動された10~40代の参加者が示す、清々しい潔さに私自身学ぶ点が多々あったことを告白し、本稿を終える。

―― 参考情報 ――――――――――


以上

この記事へのコメント

  • カオル

    団塊の世代の中心は、1947年から1949年が中心

    1947年(昭和22年)から1949年(昭和24年)生まれの世代は、特別だった。人数が多く、環境も特別だった。海外に置いても同様。この世代以上の老人の多くが死に絶える時代になって初めて、日本がまともになることができるのでは。見聞きしたことや、日教組教育の悪影響が、この世代に深く浸透しています。勿論、人さまざまですから、大多数の人々は、そうでもないと思っていますが。
    2019年09月17日 11:25
  • 市井の人



    >カオルさん
    >
    >団塊の世代の中心は、1947年から1949年が中心
    >
    >1947年(昭和22年)から1949年(昭和24年)生まれの世代は、特別だった。人数が多く、環境も特別だった。海外に置いても同様。この世代以上の老人の多くが死に絶える時代になって初めて、日本がまともになることができるのでは。見聞きしたことや、日教組教育の悪影響が、この世代に深く浸透しています。勿論、人さまざまですから、大多数の人々は、そうでもないと思っていますが。

    数ではそうなのですが、昭和15年~22年生まれの人の染まり具合が団塊世代以上のように思えてなりません。
    2019年09月17日 17:10
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