表現の自由について

本稿では、以下の特定の事象について、表現の自由が制限されるべきだという視点からの私見。 ■あの学者は課題に的確に対応し、成果物を的確に表現したのか かつての保守派の長老、リーダー的存在だった、西部邁はどちらかというと批判オンリーの方だった。私よりも少し上の世代の方々は、西部邁を教祖のよう扱っている方が多い。 私の西部邁評はこうである。「西部邁は、若い時分、ビジネス文書形式で要点をA4数頁以内に書かせる訓練を数年間受けるべきだった。そうすれば晩年の評価は高まった」と考える。ともすれば文系学者は、学問の自由という世界の中で甘やかされ?、思いついたことを思いついた順番で書いてしまう傾向がある。 学問の自由とは、やりたい研究のみを追求する一方、やりたくない研究をしなくて済むことである。これは学者に付与された特権である。大学が世の中の役に立たないと言われるのは、やりたくない仕事を避けて通る学者がたくさんいるからではないのか。 対して、官僚や民間企業は違う。上司はおろか、仕事すら選べない。学者とは実にお気楽なお仕事であるように見える。学者集団が言論界の主力であるうちは、たとえ秀逸な言論活動であろうと、やりたくない研究をしなくて済む立場である限り、言論活動上の影響力が高まることはない。 私の場合は、誰もがやりたくない仕事、誰もしたことがない仕事が多かった。お蔭で、ビジネススキルを磨く機会に恵まれた。西部邁の著作のようにダラダラ書くことは許されなかった。 ビジネス文書形式…

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「外国人通名使用禁止」のハードルは意外に高い?

愛国的な政党の中には、在日の通名使用を禁止すべきとの見解を持つケースがある。 日本第一党は、結党当初の政策として、「外国人の通名使用とマスコミの通名報道禁止」を掲げていたが、現時点においては、「外国人の通名はカタカナ表記に統一し、マスコミの通名報道を禁止するための制度づくりに取り組みます」とある。 ||||| ここから引用開始 ||||||||||||||||||||||||||||||||||| https://matome.naver.jp/odai/2147287041507208901 「日本第一党」が綱領と政策を発表 2017 外国人の通名使用とマスコミの通名報道禁止 https://japan-first.net/policy/ 日本第一党 政策 現時点 外国人の通名はカタカナ表記に統一し、マスコミの通名報道を禁止するための制度づくりに取り組みます ||||| ここまで引用 ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||| 日本第一党の政策転換についてて、手ぬるいという意見はあるはず。私もそう思った。 しかし、「ユダヤ人 なぜ、摩擦が生まれるのか」(ヒレア・ベロック著、中山理訳、渡部昇一監修 )を読んでいくうちに、かなりリスキーな政策であることに気がついた。 ||||| ここから引用開始 ||||||||||||||||||||||||||||||||||| 138頁 1…

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上級国民とは如何なる存在か 「逃げ得」は許されるべきことではない!

国内で上級国民について定義した本はまだない。(ようだ) が、ユダヤ人については存在する。 「ユダヤ人 なぜ、摩擦が生まれるのか」(ヒレア・ベロック著、中山理訳、渡部昇一監修)にはこう書いてある。 ||||| ここから引用開始 ||||||||||||||||||||||||||||||||||| 56~57頁 国際金融を支配する最重要人物 自由主義的な虚構を支持する論拠が、もう一つある。その虚構はつい最近まで心見られ、うまく成立したと思われていた。それは近代の慣習や法典の全体と、近代の商習慣や社会習慣全体とが一致する虚構にもなっている。 私たちは頻繁に旅行をし、交際の機会も非常に多い。私たちの経済活動は非常に複雑であり、連動し合い、そして大抵は秘密裏に行われるため、秘密以外の方法でユダヤ人と知り合うのは、今までならとんでもない時代錯誤と思われていたことだろう。会うのなら直接に堂々と会うのではなく、ユダヤ人の友人の友人として会わねばならない。ユダヤ人は、ユダヤ人が移動する一般社会の正規の一員として扱わねばならない。ユダヤ人は、西洋社会の至るところに入り込み、至るところで富裕階級のヨーロッパ人と結婚しているので、ユダヤ人の面前でそのユダヤ人には別個の国籍があるように主張するのは、忌むべきことだったろう。賓客を家庭に呼んでおいて場違いな思いをさせるようなものだからだ。 おまけに西洋諸国では、それよりはるかに数多くの富裕階級や支配階級の人々がいるわけだが、これま…

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