[ベトナム戦争・日韓基本条約・米中接近・ロッキード事件・慰安婦問題]根っこはみな同じ?

本稿では、戦後アメリカ外交の中枢に深く関与していると噂される一人のユダヤ系アメリカ人に焦点を当てて、推論を試みる。その人物とはあのキッシンジャーである。 政界入りする前はスパイ学校の教官だったそうだ。 ■キッシンジャー スパイ学校の教官が政界入りした||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%98%E3%83%B3%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%AD%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%BC軍歴 第二次世界大戦中の1943年、大学での学業を中断してアメリカ陸軍に入隊する。陸軍ではドイツ語の能力を生かしヨーロッパ戦線の対諜報部隊軍曹として従軍した。すなわち、アレン・ダレスの部下としてOSSに配属されたのである。1945年5月のヨーロッパ戦線の終戦後はかつての母国ドイツに駐留し、多くのドイツ軍戦犯の処遇にあたった。これにあたって、多くのユダヤ人のアメリカ陸軍兵士が戦犯への激しい憎悪をむき出しにしていた中でキッシンジャーは「報復しようとは考えなかった。彼らがどうしてこのようなことをしたのかを知りたかった」と発言している。その洞察力を買われ、キッシンジャーはNATOスパイ学校の教官となった。ベトナム戦争時代には国家安全保障会議に「諜報委員会」を設けて自ら議長となった。ハーバー…

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