客観的な論説とそうでない論説の違い
いささか観念論的文章となるが、朝日、毎日、中日、東京、信濃毎日、北海道、沖縄の二紙等における悪意で書かれた?あるいは悪意に満ちた?論説記事が、おそらくであるが、文章マニュアルによって、維持・継承されていると予想。
本稿では、その対極にある、客観的な論説に係わる文章マニュアルを示す目的で文章化を試みた。
世の中には、客観的視点で書かれた論説とそうでないものがある。
そうでないものの代表格としては、朝日、毎日、中日、東京、信濃毎日、北海道、沖縄の二紙があげられる。
では、文章構造的にどうなっているのか?一言で書くと、論説文は、前提条件、事実、推測、意見の集合体と仮定。
とりあえず「善」の次元で、客観的な視点から、事実、推測、意見の分類、定義を試みる。
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■前提条件
・前提条件とは、論説原稿作成者が、当該原稿に係わる、検証範囲、政治的立ち位置や自己紹介、出稿目的、意図等について、原稿冒頭にて示したもの
・前提条件を厳格に明示する行為は、論説の客観性、正確性を確保することを目的としている(拙ブログは前提条件の明示を多用)
■事実について
・事実とは、政府発表資料、決算資料、5W1Hなどの手法で表現されるもの、科学的手法によって証明された法則・ジンクスなどを指す
・事実に関する記述としては、「一応事実として認められる事実」か、「部分的事実」か、「そもそも事実でない」のいずれかに分類されるが、善意での論説は、「一応事実として認められる事実」あるいは「部…