思想と国策の関係 危険な国家と害毒レベルの思想

本稿は、政治思想と国策との関係についての試論の位置づけ。



かつて起きた、重大な政治事件等は、おおむね、その政治的行動を裏付ける思想哲学が存在していることが確認されている。
が、この思想哲学面での分析が、実は甘かった?可能性がある?ようだ。


中川八洋は、誰もが知る、重大な政治的事件等について、その政治的行動を裏付ける政治思想の根源に遡り、解説している。その点において、異色の本が多い。
大半の言論人が、韓国はけしからん。中共、北朝鮮もけしからんと、単純に批判するのとは異なる言論態度である。
さらに、中川八洋は、学ぶべき政治思想が何であるか、害悪でしかない政治思想が何であるか示している。「正統の哲学 異端の思想」という本は、保守思想、革新思想を見分ける力を養える点において、良書である。(しかし、日本の倫理社会の教科書は、中川八洋が主張するとおり、学ぶべきではない、害毒レベルの思想紹介で溢れている。私は、高校1年生の頃から思想哲学書を読み始めたが、なぜ、理解し難いのか、この本に出会い初めて納得した。)



なぜ、こんな堅苦しい哲学書のことを書くのか?

ここで書いているようなことは、「なぜ彼らは北朝鮮の「チュチェ思想」に従うのか」(篠原常一郎、岩田温)という本をきちんと読んだ人なら気がついていることである。北朝鮮が主導する反日活動が、概ね「チュチェ思想」が根底にあるからである。(篠原常一郎説)

それだけではない。政治思想的パワーが国力の源泉となっている国は、例外なく、それなりの、ご立派な?政治哲学が存在する。



たとえば、アメリカ。ダレス時代のアメリカは、それが顕著だった。

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アメリカの政治家を支配する「政治哲学」の根源
http://gendaishi.jugem.jp/?eid=1177

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あの時代のアメリカは、純粋なるピューリタン思想が支配した国家だった。国家宗教レベルの原理主義国家だったと断定できるだろう。
アメリカが、GHQを介して、戦勝国気分で、日本の神道を国家神道だとレッテル貼りしたのは奇妙なことと気づかなくてはならない。戦勝国アメリカは日本以上に、原理主義的国家だったことを押さえておく必要が、実はあるのだ。



同様のことは、イスラエルについても言える。他国の人にとっては理不尽なイスラエル政府の行動は、実は、特定の政治哲学の影響を強く受けていると、以下の本は指摘している。

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シオニズムとアラブ ジャボティンスキーとイスラエル右派 一八八〇~二〇〇五年 (講談社選書メチエ)
https://www.amazon.co.jp/%E3%82%B7%E3%82%AA%E3%83%8B%E3%82%BA%E3%83%A0%E3%81%A8%E3%82%A2%E3%83%A9%E3%83%96-%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%9C%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%BC%E3%81%A8%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%83%A9%E3%82%A8%E3%83%AB%E5%8F%B3%E6%B4%BE-%E4%B8%80%E5%85%AB%E5%85%AB%E3%80%87-%E4%BA%8C%E3%80%87%E3%80%87%E4%BA%94%E5%B9%B4-%E8%AC%9B%E8%AB%87%E7%A4%BE%E9%81%B8%E6%9B%B8%E3%83%A1%E3%83%81%E3%82%A8-%E3%81%BE%E3%82%8A%E5%AD%90/dp/4062584182/ref=sr_1_1?__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&keywords=%E3%82%B7%E3%82%AA%E3%83%8B%E3%82%BA%E3%83%A0%E3%81%A8%E3%82%A2%E3%83%A9%E3%83%96&qid=1578476308&sr=8-1

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国際社会においては、イランのホメイニ革命など、イスラム原理主義組織が話題とされてきた。「原理主義」という言葉は、とかく批判対象についてレッテル貼りする際に使われる、便利な政治用語となった感がある。ダレス時代のアメリカ、イスラエルも負けず劣らず、いやそれ以上に原理主義的な思想が国家を支配し、独自の国策を規定してきたのである。



つまり、(原理主義的な)政治思想と国策は、かように密接に結びついているのである。密接に結びついてきたのである。

ゆえに、日本国内に巣くう、北朝鮮工作員(政治家、民間人)の存在が問題だとするなら、「チュチェ思想」がどういうルーツ、どういう性格のものであるかを知り、その思想がどのように国内で拡散されてきたのか、経過を知り、彼ら工作員たちが選択した手段と行動を分析する分析態度が求められることになる。


工作員やスパイたちに対し、(どこかの小説家が語るように)クズだ、けしからん、売国奴と否定することは簡単である。

私は、(彼ら工作員、スパイ、売国奴の、手段と行動のみを問題視するのではなく、その思想を知り、理解したうえで)適切な対処法を編み出すべきであると提案している。

仮に、共産党が問題なら、採用した共産主義思想そのものの問題、その思想がもたらす、とんでもない個人崇拝レベルの行動、について関連づけて説明できなくてはならない。
北朝鮮が問題なら、北朝鮮独自の共産主義の致命的問題、その思想がもたらすとんでもない害悪レベルの行動、について関連づけて説明できなくてはならない。

ただ、批判するだけではまったく、意味がない。完璧な対処方を見出すには繋がらないからである。
「チュチェ思想」が問題だとするなら、「その思想」、「その手段」、「その行動」に分離して、処置しなくてどうするのか、ということなのである。



かつて、GHQは、その指令により、神道解体を目論んだ。日本は、思想的に無防備なままだ。神道という「思想」をバラバラに解体できれば、「行動としての、日本の政治力、軍事力」を弱体化できると考えたからだろう。

残念なことに、ダレス時代のアメリカ、イスラエルのように、思想哲学面で国家としての在り方、国策を指し示す思想哲学者は、日本にはいないように見える。(神道がその根幹となるべきなら、皇族に近い血筋の言論人は今何を語るべきなのか。ご本人はゴーン逃亡事案の分析に注力している。ある神道研究者は、他の言論人の間違い探しに熱心だ。皇室解体を目論んだ戦後レジーム脱却を目指すなら、ゴーン逃亡騒動や間違い探しに興じている時間的余裕はないはずである。その点、水間政憲とミツバチ隊は、目標と目的を見失うことなく、行動している。)

言論界では、ゴーン逃亡事案を契機に、「スパイ防止法」法制化の意見表明が相次いでいる。
スパイ防止法は、急ぐべきことであることは認めるが、単純に、工作員やスパイの「手段、行動」を問題視した法制化では完璧ではない。



思想の危険性がもたらす害悪という視点で切り込み、手段と行動について禁止規定する、「条文レベルでの、スパイ防止法等について詳細検討、提言する努力」が言論界において求められていると考えるのである。


以上

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