感染症対策 有能な専門家の見分け方?

WHOの感染症の日本人専門家が、日本政府の対応についてのみ言及しているようなので、出稿することにした。

本来、この問題について、専門家であるとするなら、

・中国政府がとった初動の判断、その後措置
・WHOが示した見解

についての評価をまず最初に述べ、続いて、日本政府がとった措置について述べる。
これが、専門家としての当たり前の手順、作法である。

これができていないのは、専門家として三流である。



尤も、一般的には、専門家というのは、狭い範囲のことしかしらない、ミクロ的視点での調査研究を得意とする。
歴史教科書が、一人の歴史家によって書かれたのではなく、20人くらいの執筆者によって書かれていることを知っている人なら、気がついていることがある。すなわち、教科書には歴史観がないかもしれないというか、歴史観が示されていない。
それと比較すれば、平泉澄「少年日本史」、「渡部昇一の少年日本史」は歴史観ある歴史家による名著である。
通史書における「歴史観」を、感染症対策における「マクロ的な原則論」と置き換えて考えてみたい。



感染症の世界ではどうなるか。

シナリオ的には、悲観シナリオを選択すべき事態にある。

―― 参考情報 ――――――――――

世界に蔓延していく武漢ウイルス
https://tanakanews.com/200215virus.htm

悲観論が正しい武漢ウイルス危機の今後
https://tanakanews.com/200212virus.htm

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担当大臣の発言は、国家を代表した対応当事者であることを認識していない。報告事項だらけの記者会見。

大臣たる者、原理原則論を示し、果敢に決断すると思ったら、報告事項をダラダラと語っている。

―― 参考情報 ――――――――――

東京で新たに8人感染 厚労相「以前と状況異なる」―和歌山でも3人、院内感染初か
https://www.jiji.com/jc/article?k=2020021500441&g=soc&utm_source=top&utm_medium=topics&utm_campaign=edit

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重要な事があっても前例がないとして自ら判断せず、首相に何でもかんでも判断を仰いでいるように見える。
目玉がキョロキョロ動き、時折見せる無意識の笑顔のせいで、この人物を信用する気持ちが失せた。どうして信用できようか?加えて、党員獲得表彰状を自身のHPに掲げる、小三レベルの行動もある。
腹を括ってやる度胸も、自らが悪役となり中共と刺し違える覚悟もない人物に、厚生労働大臣職を任せられようか?

即刻辞任いただきたい!ところである。



さて、マクロ的な視点での専門家は、(歴史観を有する歴史家が極めて少ないのと同様)、感染症の世界において、国家的見地でマクロ的な原則を示せる専門家はいないような気がする。

そう考えたので、拙ブログは、生意気であると言われることを承知で、下記原稿を出稿させていただいた。

―― 参考情報 ――――――――――

中共で感染症発生した場合の「マクロ的措置に係わる対応原則」が必要です
https://sokokuhanihon.seesaa.net/article/473549800.html

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もちろん、拙ブログ管理人は感染症の素人である。政府の決断、措置が鈍い理由を考えていくうちに、厚生労働省内で、対応原則がそもそもなく、個別判断処理に明け暮れているのではないかと考え末の作文である。



専門家だとするなら、政府があたふたする前、すなわちWHOが緊急事態声明を渋った?時期に提言・陳情しなくてはならない。

さらに、専門家か否かを判断する方法が一つある。
それは、書類で提言事項、要求事項を文章化できることである。口では櫻井よしこのように、立派なことを語っても、感染症対策において、政府が採用すべき大原則、とるべき措置、法改正すべき事項を、仕様書みたいなイメージで文章化できなくては専門家とは言わない。

ツイッター活動している政治家に何やっているんだ、早くやれと、要求する、言論人もいる。しかし、それはお馬鹿芸人レベルであり、社会的にみれば陳情したことにはならない。



繰り返しとなるが、「(歴史の世界でいうところの歴史観に相当する)マクロ的視野を有さず、マクロ的視点での原則論を示せない」専門家(専門家と称する輩)はすべからく三流以下とみなしてかまわないのである。

ゆえに、あの大臣は、即刻辞任させるべきなのである!

以上

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