それは、今日の日本の(国難?)状態をもたらし、軍事的に敗戦の引き金を引いた重要人物、山本五十六の評価である。
彼は、戦前はもちろん、戦後も相当程度の保守層から英雄扱い状態である。
しかし、開戦前の状況などを調べていくと、そうではない情報が出てくる。
―― 参考情報 ――――――――――
山本五十六に楯突ける海軍軍人があの時期にいなかった?
http://gendaishi.jugem.jp/?eid=343
真珠湾攻撃は山本五十六の私戦だった?
http://gendaishi.jugem.jp/?eid=126
真珠湾攻撃に参加した駆逐艦「陽炎」航海長の証言 出港時点で私戦だった?
http://gendaishi.jugem.jp/?eid=161
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まず、真珠湾攻撃について述べたい。
真珠湾攻撃は、山本五十六が作戦計画をゴリ押ししたとされる。
ごり押しした作戦計画であるにもかかわらず、作戦計画にあった石油タンク等の攻撃を貫徹していない点において中途半端。ごり押しした立場であるなら、特段の事情の変化がなければ作戦貫徹するのが軍人としての使命であろう。
マインド的に本当に軍人だったのか?
ミッドウエー海戦前、愛人に宛てた手紙の内容、床屋での会話などから、私は、軍人としての戦闘意識を疑っている。
加えて、当初から敗戦を想定した中で行われた、真珠湾攻撃は、交戦国となったアメリカ国民を激怒させアメリカを本気にさせた点において、戦略的に失敗であると言わざるを得ない。
東京裁判が問題裁判であると指摘する記事、文書に出くわす度に、東京裁判にて、陸軍関係者を中心にA級戦犯として処断されるなら、開戦となった真珠湾攻撃作戦計画・実施に係わった海軍軍人が訴追されなかったことも問題視せざるを得ない。
戦後、海軍高官の政界転身もあった。源田実という政治家がいた。
なぜ、戦後、海軍高官が政治家に転身するのか?自分たちの子供世代を多数特攻に駆り出し、民間人が無差別攻撃を受け、國體を変えさせられるそもそもの原因を創り出し、彼らは軍人として国民に対し恥ずかしいと思ったことはないのか。
開戦となった真珠湾攻撃の作戦計画をごり押ししたと言われる、山本五十六は、どういう形で、どういう手続きで終戦となるのか、外交実務レベルで見通せていたのか。
戦争の終結を見通さず、自らがデザインした真珠湾攻撃、ミッドウエー海戦の作戦計画の決裁を(自己満足?あるいは誰かからの依頼を受け?)ゴリ押し、中途半端に強行しただけではないのか。
国運を賭けた重要な軍事作戦は、戦争の終結を見通せる人物が裁可すべきものだが、山本五十六にそれだけの知恵があったのか?
戦史ものの本を読む限り、山本五十六は当時の人気者(花柳界、特に軍人)くらいでしかない。ミッドウエー作戦前に、愛人に宛てた手紙の内容から、守秘義務を守る意識なき軍人であったことは明らか。
いろいろ戦史のもの本を読んだ印象であるが、学生時代の成績などを加味すると、実務的に有能な軍人とは思えない。戦前、山本五十六が人気があったのは、今現在、言論界で政治芸人が書く(劣化)本がバカ売れしているのと、現象的に変わりないのではないか。
連合艦隊司令長官が得意としたのは、攻撃優先で空母をズラリと並べ、空母艦載機による攻撃だけだったのではないか。
おまけに、日本海軍の空母の防御が、「円陣を組んで虎の子の空母を徹底的に守ろうとしたアメリカ海軍」と比較しスカスカ、これは何を意味するのか?さらに、戦闘期間中自らが乗り込む軍艦の護衛は徹底、戦場から離れた場所で戦況を見守ることは何を意味するのか?
(山本五十六に)それだけの知恵、戦略眼が備わっていたのであれば、敵国民を怒らせない開戦手法、真珠湾攻撃にて多少の犠牲を払ってでも石油タンクや軍事工場の攻撃を徹底させ、真珠湾攻撃帰りにミッドウエーを占領、空母護衛の徹底、くらいしたはずである。
どうせ負けるんだから、負ける前に派手にやろう、その程度の認識だった可能性はないのか?
さらに、博打好きな性格であったこともあり、はなから冷静に戦況を見つめ分析する気などなかったのではないか。
時代は変わり、政権が、改憲ネタを苦労して抽出、シナリオ化しつつ合理的手順で改憲を実現しようとしているものの、世論誘導どころか国会審議に忍従に次ぐ忍従を余儀なくされている。
その原因はどこにあるのか?
誰がその原因を創ってしまったのか。
私は、真珠湾攻撃の軍事作戦立案と意思決定にあるとみている。ハワイ攻撃ではなく、シンガポール、ジャワ方面に限定していれば、みじめな敗戦は避けられたかもしれない。
(陸海軍とも敗戦を想定しているとする割に)終戦対応を見通さず
敵国民を激怒させる軍事作戦をごり押し
それでいてゴリ押しした作戦貫徹を徹底せず
攻撃力維持に影響する空母護衛を軽視するものの司令官が乗り込む軍艦の護衛は徹底
連合艦隊司令長官自ら戦場から遠く離れたところで賭け事感覚で?戦況を見守る行為
愛人に宛てた手紙、床屋での会話
などから、敗戦の引き金を軍事的に引いた、山本五十六が国史上の英雄としてふさわしいと言えるか?
愚将どころか、国史に残る愚かな人物という評価でいいのではないか。
山本五十六関係史料は、情報統制、廃棄処分に成功したとの情報もある。(「ユダヤは日本に何をしたか」渡部悌治)
山本五十六愚将論について述べた本の、歴史書としての評価は今一つである。私はそうは思わないが。
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・太平洋に消えた勝機 帝国海軍が日本を破滅させた 佐藤晃
・人物叢書 山本五十六 田中宏巳
・凡将 山本五十六 生出寿
・米内光政と山本五十六は愚将だった―「海軍善玉論」の虚妄を糺す 三村文男
・連合艦隊司令長官 山本五十六の大罪 ― 亡国の帝国海軍と太平洋戦争の真像 中川八洋
・「私はその場に居た 戦艦「大和」副砲長が語る真実 海軍士官一〇二歳の生涯」 深井俊之助
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ただ、海軍中枢が、ミッドウエー海戦以降国民に肝心の証拠を握らせないことを企図、情報統制した結果とみることができる。さらに、〇〇会というあのOB組織は、つい最近まで、山本五十六含め海軍善玉論の維持に熱心に取り組んでいた形跡がある。
私的なことだが、親族で、特攻隊配属者が三名おられ、二名が戦死。皇族も首相も靖国参拝しないご時世。そんなことでいいのか。皇族や首相が参拝しないなら、代わりとなって参拝励行することになる。
一人生き残った親族は、戦史に係わる本を収集、何事か書き残していた。その方は、戦後、官庁に勤め、自衛隊関係の仕事をされた。蔵書を一通り調べたが戦史叢書を一冊も所蔵していない。これは何を意味するのか?
戦史叢書に書かれたことを鵜呑みにできるのか。私は、生前の親族の生きざまから、山本五十六礼賛本に出くわすと、疑ってかかるようにしている。
このような見立てをしているので、改憲論議が一向に進まない政治状況の中で、敗戦の引き金を引いた原因をつきつめて考えていくと、山本五十六愚将論をつい言いたくなるのである。
以上
この記事へのコメント
Suica割
私は、山本五十六名言集の言葉は本当に山本五十六が言ったものなのか疑問に思いはじめてます。
死んだあとの神格化を謀るために、様々な提督の発言を山本五十六が発したように加工がなされている可能性もあるのではと思います。
実際はどうかわかりませんが、山本五十六神格化で海軍の不手際を隠す目眩ましにするのであれば、名言集捏造も手をつける価値があると感じます。
市井の人
>Suica割さん
>
>山本五十六は、各個の艦隊や戦隊の司令官、学校長等までの器の人間であり、連合艦隊司令長官の器ではないと思います。
>私は、山本五十六名言集の言葉は本当に山本五十六が言ったものなのか疑問に思いはじめてます。
>死んだあとの神格化を謀るために、様々な提督の発言を山本五十六が発したように加工がなされている可能性もあるのではと思います。
>実際はどうかわかりませんが、山本五十六神格化で海軍の不手際を隠す目眩ましにするのであれば、名言集捏造も手をつける価値があると感じます。
言論界でSuica割さんのように述べる方はまずいません。批判すると、保守ビジネスの障害になるからなんでしょう。