安倍前首相は(英霊の)誰に報告したのか?

安倍前首相の退任直後の靖国参拝について、1カ月遅いとか、退任後なので政治的意味がないとの評価を下される方が圧倒的なようだ。

―― 参考情報 ――――――――――

【速報】安倍前首相が靖国神社を参拝 約7年ぶり
https://hosyusokuhou.jp/archives/48887129.html

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私の見立ては、いささか異なる。

理系的発想で、「報告」行為を論理的に捉える。

また、私は、第一次安倍政権時代から、政治的中立の視点でずっと安倍晋三を観察してきた。足掛け10年以上観察した経験から、今回の参拝は、(多くの人が気づかない)政治的に大きな意味が隠されているとみている。

保守言論界は、事の重大さに気がついていない?かもしれない。

そのことを説明するために、まず

①安倍前首相は英霊の誰に報告したのか?
②安倍前首相は英霊に何を報告したのか?

について、分析を試みる。

これは、理系的発想から、報告行為を、誰に、何を、と論理的に分解した視点からの分析である。これに対し、文系的発想での分析は、1カ月参拝が遅いとか、退任後の参拝は意味がない、、、と論理的分析を省略していると解する。

併せて付帯事項として、下記の二点について推論を述べる予定である。

③靖国参拝がなぜ退任後となったのか?
④退陣を決断した理由として体調悪化以外にあったのではないか?


本稿では、上記①について、推論を述べさせていただく。

まず、定義から。

英霊とは、誰か?

不特定の英霊か?
違うと思う。

特定の英霊か?
その可能性が極めて強い。

安倍前首相は、報告目的だったとしている。

首相経験者が報告するとした相手は、首相経験者である可能性が極めて強い、、、

ここで、首相として参拝した13年12月の参拝目的は何だったのかについて、考察したい。

―― 参考情報 ――――――――――

安倍前首相が靖国神社参拝 13年12月以来
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO64086440Z10C20A9NNE000/

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首相退任直後の参拝が報告目的であるならば、首相就任1年後の参拝は、英霊に対する「首相として実施する事項についての誓い?」だった可能性がある。

すなわち、先日の報告とは、2013年の誓いを立てたことに対する、報告である。

では誰に、何の誓いを立て、何を報告したのか?

戦犯を含むと考えれば、人物の絞り込みが容易である。そう考えないと、具体的に報告したい人物が見当たらない。

―― 参考情報 ――――――――――

A級戦犯合祀問題
https://ja.wikipedia.org/wiki/A%E7%B4%9A%E6%88%A6%E7%8A%AF%E5%90%88%E7%A5%80%E5%95%8F%E9%A1%8C

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上記14人を分類すると、戦前・戦中の首相経験者、外務大臣経験者、軍人となる。

歴代のどの首相よりも、戦後レジーム脱却に熱心に取り組んだ、安倍前首相であるから、この14人に、積極的に報告したいことがあったと考えるは、発想として自然。

この14人以外の人で積極的に報告したい人は、戦後最長内閣を維持した関係で、岸信介(祖父)、吉田茂(主に連合国との戦後処理を担当、戦後レジームの受入れを黙認させられた?)、近衛文麿(戦前国民的人気があった首相)くらいしか見当たらない。

ただ、これら三人に報告する目的で靖国参拝することは筋が違う、気がする。

A級戦犯で合祀された方の中に、(誓いを立てた事柄について)積極的に報告したい方がおられた、と解するのである。

上記14人のうち、一番目に報告したい方は、おそらく東條英機、広田弘毅、平沼騏一郎、小磯国昭などの首相経験者。その中で、安倍前首相が重要視したのが、東條英機。なぜ東條英機かと言うと、、植民地解放史観の根拠とされる、開戦日の「帝国政府声明」の最終決裁者?とみられるからだ。

―― 参考情報 ――――――――――

画像資料 「帝國政府声明文」 安濃豊ブログ「帝國政府声明文 戦勝國は日本だった」:http://blog.livedoor.jp/giranbarekanjya/archives/51044397.html

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植民地解放史観における、代表的植民地とは、インドが該当する。インドを含むアジア諸国の大部分が欧米列強に植民地支配された状態で日本は開戦を余儀なくされ、敗戦した経緯、GHQ憲法下での制約をどう取り扱うべきか、戦後レジームをどう骨抜きにしていくか、などの視点から、安倍晋三は、東條英機など、合祀された首相経験者と(対話しつつ?)報告したと推測。

二番目に報告したい方は、広田弘毅、東郷茂徳、松岡洋右などの外務大臣経験者。日本が、英米から度重なる制裁を受け、最終的に開戦を余儀なくされたことを念頭に、当時において、外交努力する余地があったのかなかったのか、戦後レジーム体制下での日本外交の在り方、などが主たる報告事項トと見る。

三番目に報告したい方は、上記以外の、A級戦犯で合祀された軍人、そしていわゆる戦死された英霊と考える。GHQ国憲法第9条の扱いをどう扱うか、二度と敗戦しないために第二次安倍政権にて首相の立場で何をすべきか、何を実現すべきだったかが報告内容だったのではないか。

さて、安倍晋三は、政治家に成りたての頃、よく靖国神社に散歩、参拝されていたことが多くの人に目撃されている。
この時代の安倍晋三の参拝目的は、まだ英霊との一般的な意味での対話?状態のような気がする。

私個人は、地下鉄九段下で下車、境内に入り、あの長く緩やかな坂道を歩いていくと、靖国ならではの独特の張りつめた雰囲気があることに、気がついている。時空を越えて、何か呼びかけられているような、何とも形容しがたい雰囲気がある。
政治家安倍晋三は、若い頃から靖国に何度か参拝するうちに、特定の英霊と個別対話?状態に入った、、、

スピリチュア的発想と笑われるかもしれない。が、あの昭恵夫人と仲良くやるのであるから、あの世の人たちと、スピリチュアル的やり取りがあって、不思議はない。

安倍晋三は、第一次安倍政権で退任直後から、歴史書を読み、思索、、、自身の政治家としての振舞い、安全保障外交や施策について熟慮しつつ、戦後レジーム脱却に至るシナリオ、手順を何度も思案、、、

その結果、第二次安倍政権下において、首相就任一年後に、長期政権の見通しが立ち、さらに、戦後レジーム脱却に至るシナリオ、手順が見えた、、、ゆえに、誓いを立てることを決心、靖国参拝するに至った。
政治家安倍晋三の2013年12月の靖国参拝の参拝目的は、誓いを立てることにあったとみるのである。

数年後の首相退任直後、最終的に首相在任期間において、立てた誓いについて、実現したこと、実現できなかったことなどを報告。



つまり、政治家安倍晋三は、普通の保守系政治家がやるような、靖国神社の行事に合わせた形式的な参拝(あるいは漠然した参拝)ではなく、英霊と対話、誓い、報告、など、(他の保守系政治家と比較すると)「政治的に重要な意味を持ち、かつ目的が明らかな参拝」を長年続けてきた、可能性はないのか、ということなのである。


以上

この記事へのコメント

  • Suica割

    彼が一流の間諜とすれば、意味が通ってくる。
    日本が、空気の国としながら、政治は何をしたかを問うとすれば、空気を変えるだけの仕事は軽んじられる。
    畑を作るのが仕事で刈り取りはほか任せで良いと思っていたなら、何も出来なくても大役を果たしたと言える。
    2020年09月22日 23:33
  • 市井の人



    >Suica割さん
    >
    >彼が一流の間諜とすれば、意味が通ってくる。
    >日本が、空気の国としながら、政治は何をしたかを問うとすれば、空気を変えるだけの仕事は軽んじられる。
    >畑を作るのが仕事で刈り取りはほか任せで良いと思っていたなら、何も出来なくても大役を果たしたと言える。
    >

    歴史家の視点で分析すると、前首相の本心がどこにあったのか、見えてくると思います。決定的ポイントは、植民地解放史観の中にある気がします。
    2020年09月23日 11:52

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