日本と外国の比較の「視点」

最近、日本をイギリスを比較する本を読む機会が増えた。
安倍政権時代の日英首脳会談を通じて、より強固な軍事同盟の可能性が期待されること、同じ島国、かつて工業国だったことなど、共通点があると考え、政治課題等の打開のヒントを見出せるのではないか考えたからである。

ただ、何冊か読んでいるうちに、本の著者の「視点」に問題がありそうな気がしている。



どういうことか。

視点は4つある。

・日本の良い点
・日本の悪い点

・イギリスの良い点
・イギリスの悪い点

4つの視点が存在することは否定しようがない。

本にする場合は、これらを組合わせて書くことになるが、これら4つの視点があることを理解して書く人はまずいない。

大抵は、日本の良い点を知らず、あるいは理解しようとせず、日本の悪い点に関心が行きがちである。

イギリスについてはどうか。

極端なことを言うと、イギリスの悪い点に目をつぶり、イギリスの良い点だらけの視点での本が多い気がしている。

マスコミ営業的には、イギリスの良い点、日本の悪い点で書けば、売れると思っているような気がする。



すなわち、(この分野の、にわか?)言論人たちは、日本を知らず、日本の良さがわからず、日本が悪いと決めつけ、対応したイギリス人の話にヒントを得て、たった一人のイギリス人の発言にヒントを得て、たった一人の発言だけで、イギリス人は素晴らしい人たちであるとしたり、イギリスは素晴らしい国であるとして、イギリス絶賛派の立ち位置で書いてしまうのである。

客観的にみて、イギリス絶賛派が、日英の社会文化比較をしていることになる。


イギリス各地の公園化された景観は確かに美しい。しかし、知れば知るほど、目の前に広がる景色のほとんどが血塗られた歴史的経緯を背負っている。血生臭い歴史を乗り越え、歴史的遺物が遺っている。残っている城などはみなそうだ。

一流の言論人の場合、上記4つの視点(両国の良い点、悪い点)を忘れることはない。しかし、大半の(にわか?)言論人の場合はそうはならない。日本の良い点を知らず、理解しようとせず、悪い点ばかりが(意識として)記憶に残り、日本の悪い点、イギリスの良い点という視点での原稿だらけである。

一人の発言、一人の生きざま、一つの事例だけで、イギリスが絶賛されるほどの国なのか、イギリス人は(例外なく、尊敬に値するほどの)立派な人たちだらけなのか、イギリス人の生きざまは手本とするにふさわしいのか、ということなのである。

そんなことはあり得ない、、、

特に目立つことは、対応した特定のイギリス人の発言からイギリスは良い国だと絶賛する一方、日本の中流家庭を否定する記述が多いことである。

著者は、日本で育った期間、あるいは結婚相手のご家庭に嫌悪しているのではないかと推定するほどである。余程、嫌な思い出でもあるのだろうかと勘ぐってしまうのである。

イギリス人の牧師見解を引用、憲法論について述べた箇所もあった。著者は、日本国憲法が、GHQスタッフ主導で作られ、ワイマール憲法、フィリピン植民地憲法と酷似していることを知っているのであろうか。本に書くなら、日本国憲法全文を読み、憲法に係わる国内の議論を承知しているのであろうか。引用するなら、牧師の見解ではなく学者の見解とすべきではなかったか、、、準備不足を指摘せざるを得ない。



さて、私が遭遇したイギリス人たちは、それなりの学歴の知識・エリート層において、自国の将来、生き方に自信を無くしていた人たちだらけであった。それでも、老人たちは、元気そうに見えた。他のヨーロッパ諸国も似たりよったり。日本企業の電気製品が欧州市場を制覇していた時代のことである。

以上

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