すべては社会のために、公益のために

環境大臣になった途端、支配者気分で、国民を従わせる視点から、環境行政的にかくあるべきだ、こういう法律したい、義務化すべきだみたいな趣旨で語られる政治家(今や政治屋?)がおられる。


環境保護とはそのような発想の世界であったのであろうか。

たまたま調べて分かったことだが、今日の環境保護運動の先駆けとなった、イギリスのナショナルトラスト運動は、いささか趣旨が異なる。①保存すべきと考える土地の購入者・寄贈者、②保存のシステムを考案した人たち、③法制化を推進した人たちが、別々に存在、今日の形に具体化された。


以下に、①~③に分けて、経緯を紹介させていただく。



■ 環境保護運動生みの親は、印税で土地を購入、寄贈した

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http://saitama-greenerytrust.com/about/history/england

ピーターラビットの生みの親 ビアトリクス・ポター
1882年に初めて16歳のビアトリクスと31歳のローンズリーは出会いました。ローンズリーは、ビアトリクスの絵の才能に強く惹かれ、絵本を出版することを勧めました。

ローンズリーがリストアップした6つの出版社にあたりましたが、すべて断られ、彼女は自費で「ピーターラビットのおはなし」を200部出版しました。1901年12月に世に出たこの本は人気を呼び、翌年フレデリック・ウォーン社から出版されました。

彼女は印税が入るたびに湖水地方の土地や農場を買い、自然環境を守ることに情熱を燃やしました。1944年、77歳で生涯を終えたビクトリアスは絵本の印税で取得した4000エーカーの土地をナショナル・トラストに寄贈するという内容の遺言を残しました。最愛の師、ローンズリーの創設したナショナル・トラストのために、彼女が生涯をかけて用意した贈り物になりました。

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※「ピーターラビットのおはなし」などの絵本で成功を収めたポターが絵本の印税で購入したヒルトップの農場と家の写真が、「美しいイギリスの田舎を歩く!」(北野佐久子)にて紹介されている。


■ 「保存」のシステムを考えた人たちが、寄贈者とは別に存在した

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http://saitama-greenerytrust.com/about/history/england

三本の矢
このような状況下でロバート・ハンター(弁護士)キャノン・ローンズリー(牧師)オクタビア・ヒル(社会事業家)の3人が中心となって、1895年に「史蹟名勝、自然的景勝地のためのナショナル・トラスト」という団体をつくりました。民間の力によって、優れた自然環境を買い取り保全することを目的とする団体でした。

ナショナル・トラストが始めて取得した土地は、中部ウエルズ・カーディガン湾の入江を見おろす崖地、1万8200㎡で、寄贈されたものでした。
最初に買い取った建物は、サセックス州のアルブリストンにある牧師館です。

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■ まったく前例のない?信託という手法が編み出された

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http://saitama-greenerytrust.com/about/history/england

ナショナル・トラスト法
1907年に、ナショナル・トラスト法が制定され、それまでの会社法に基づくものから、新たに法律の保証のある「信託」によるナショナル・トラストになったのです。この法律で保存の対象となる資産を「譲渡不能」と宣言する権利が与えられました。

この権利は、ナショナル・トラストだけに与えられた権利で、宣言された資産は、売ったり、譲渡したりすることができません。また、抵当に入れたりすることもできないばかりか、国会での特別の合意がされない限り、公共事業のためだからといって強制収用されることもなくなりました。

この「譲渡不能」の原則は、ナショナル・トラストの根幹をなす原則として、運動をすすめる上での力強い支えとなっています。戦争には決して使用してはならないという項目もあり、平和への願いが強いことを感じます。

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こういう経緯を知ると、環境保護とは、特に重大な事案を除き、大臣があれこれ指図して実現する世界なのであろうか。

大臣とは、(社会や公益のことを思い)日々大臣宛てに書かれ送付される陳情書をきちんと読まれるお立場であるような気がする。

私も、大臣に取り組んでいただきたい事案があり、一通の手紙を送付した。

もっと謙虚になっていただけないものか。「すべては社会のために、公益のために」という発想・視点が欠けていると申し上げたいところである。

以上

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