「風を読む」感覚について

季節柄、プロ野球の試合を見ることが増えた。
巨人や阪神の場合は、勝って当然の雰囲気がある。負けが込むと、監督の責任、選手起用の問題、指導の問題など、解説者がそれぞれの主張を番組で述べる。
一方、そうならないチームもある。ここ数年下位レベルで低迷しているのに、首脳陣が解雇されず、主力打者の打順も変えない不思議なチームが存在する。さらに不思議なことに、解説者たちは万年下位チームのどこに欠陥があるのか言わない。解説者たちは、球団の次の体制に指名されることを期待、風を読み、敢えて球団批判しようとしないようである。

そんな万年下位チームの試合を見るくらいならまだ、巨人戦の方が面白い。有名どころの選手を金を買い漁るせいか選手層が厚く、打線は豪華、良い投手が揃っている。毎日がオールスター戦みたいなものだ。例年、余程のことがない限り勝ち数が負け数を上回る。得点機で無得点で終わること、守乱で敗ける試合は少ないし、走塁ミスが続出することもない。

万年下位のチームになると、そうはいかない。得点機で無得点、(甲子園で活躍した名前だけ有名な)未熟な先発投手を客寄せで起用し大負けする試合、守乱で敗ける試合、暴走して得点機を喪失するケースが続出する。素人が監督やってもこうはならないのではないかと思うほどだ。
こんなチームの場合は、選手も解説者も風を読み、首脳陣批判しても無駄という風潮が生まれる。万年下位でチームが毎年のように劣化する場合は、事態はさらに深刻。

こんなチームのファンになると、自ら不幸をしょい込むのと一緒。
なぜこのようになってしまうのか。

球団内の絶対君主に服従する雰囲気が支配的となってしまったためではないかと私はみている。



教育界にもかつては内申点制度という生徒支配システムが存在した。以下は、内申点制度でうまく立ち回った生徒が、社会人となった場合のパターン事例の一つと思う。

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https://gendai.ismedia.jp/articles/-/70712?page=3

間違った褒め方が失敗を恐れるエリートを生む
ステレオタイプといえば優等生やエリートを連想させます。

彼らは優秀なわりに何ごとにも挑戦しようとせず、驚くほど保守的な姿勢を見せて周囲を驚かせます。これも、空気を読みすぎるがゆえの行動です。

エリートというのは子どものころから優秀で、褒められて育ってきていることが多いものです。

でもこのとき、努力ではなく結果だけを褒めることは大きなデメリットを生みます。たとえば100点をとった子に「100点とってえらいね」と褒めていると、その子は期待にこたえようと100点をとることばかり考えるようになり、失点のリスクとなる難しい課題にチャレンジしなくなる、という現象が起こります。

いつも褒められている子は、困難にチャレンジして乗り越える喜びより、失敗する不安のほうが大きくのしかかるようになるのです。場合によっては、100点をとっていないのに「とった」とウソをつくようにもなる人もいます。

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一方、風を読み過ぎる人の人間関係は希薄であるとの説がある。

―― 参考情報 ――――――――――

「空気を読むのがうまいヤツ」は、大切な人と良い人間関係を築けない。
https://www.simpleeelife.com/archives/11930

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なぜそうなるのか。

結局は「風とはどのようなものか」を知っているのかということに帰結する。


「美しい日本語が話せる書ける 万葉ことば」(上野誠)では、「風」をかく定義している。

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どこから来て、どこに消え去るかわからない存在が風なのです。

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選挙近くになると、風を読むことに長けた政治屋が一部に存在する。彼らが所属する政党は、ある時は、みんなの党、維新の会、都民ファースト、NHK、、、だったりする。

彼らの政治上の正体は何であろうか。

少なくともホンモノとは言えまい。

ホンモノは何度見ても飽きず、善意と熱意と努力の結晶に満ちている。

政治家や言論人の見分け方はあるのだろうか。

「美しい日本語が話せる書ける 万葉ことば」(上野誠)では、ニセモノとは、じっくり眺めば眺めるほど、飽きてくるものだとしている。

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とある美術商が、こんな話をしてくれました。ほんものか、にせものか迷ったらしばらく飾るのだそうです。すると、にせものはすぐに飽きてしまうそうです。

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言論人がホンモノかニセモノか見分ける方法がある。特定の言論人の本を図書館で10冊程度まとめて借りるのである。

普通はしないことだが、余程の人の場合でないと、すぐに飽きてしまう気がしている。つまり、大半の言論人はニセモノなのである。

とある新聞社の、ワシントン支局勤務がかなり長かった、言論人の本を読んでわかったことだが、内容が伴っていなかった、、、その言論人は、先の大統領選挙でバイデン支持派、、、



ただ、(私にとって)渡部昇一、岡崎久彦、平泉澄の本は、読むほどに知恵みたいなものが次々と湧いてくる感じであった。

ホンモノがなかなか飽きることはないのは、ジンクス的にそのとおりと思う。

以上

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