「万葉ことば」について

歴史研究を通じて、少しずつ、万葉ことばの世界に魅せられつつある。日本語の言語表現の多様性、奥深さに正直驚いている。

『「令和」の心がわかる万葉集のことば』では、万葉集、万葉ことばについてかく定義している。

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万葉集は、八世紀の中葉にできた歌集です。つまり、七世紀と八世紀に生きた人びとの歌が収められている歌集なのです。その数、四五一六首。二十巻からなる書物です。私は、「上野先生、万葉集って、どういう歌集なんですか? ひと口でいうと……」と聞かれると、こう答えることにしています。


八世紀の声の缶詰です

八世紀の言葉の文化財です


その万葉集に使われている言葉が、「万葉ことば」です。

「万葉ことば」などというと、何やら難しそうに聞こえますが、ようするに、古い日本語です。古い日本語ですから、日本語であることに変わりはありません。

言葉というものは、多くの人が使ってこそ、磨きあげられてゆくものなのです。だから、言葉は、伝統を守るものなのです。日本語を使うということは、


日本語の伝統のなかで言葉を使う

日本語の伝統のなかでものを考える


ということにほかならないのです。

だとしたら、「万葉集のことば」を学ぶということは、日本語の伝統のよき理解者になるということになります。なにせ、日本最古の歌集に登場する言葉なのですから。

||||| ここまで引用 ||||||||||||||||||||||||

美しい日本語を使いこなそうとすると、日本語上の語源の多くが万葉集にあることに気づかされる。

日本語の伝統が万葉集編纂を通じて記録され、現代に残されたことになる。

上野誠氏は、「言葉というものは、多くの人が使ってこそ、磨きあげられてゆくもの」としている。

しかし、現実の政治の世界では、政治の技術とは無縁な、他人を批判・非難することに言葉を選び、政治的ダメージを最大限与える目的で駆使することが目立っている。

我々を取り巻く言語環境の実態についてふれたい。

一言で言うと、マスコミを通じて、他人を批判・追及する言葉、他人を貶める言葉、俗物的な言葉、卑しい言葉が連日のように拡散される一方で、伝統言葉である「万葉ことば」は疎遠な存在となりつつある。


かつて、真正保守を名乗る政治家が、感情を込め苛烈な言葉で批判することに注力した時代があった。この政治家は勘違いしていると私は思っている。行為としての批判は、論理的にすべきものであって、感情移入するものではない。感情移入すればするほど、政治の技術の次元と乖離する。

※ここで言う政治の技術とは、「政治目標の達成、実現のために駆使されるビジネススキル全般」と定義

その政治家は、言語スキル的に未熟であると言わざるを得ない。達成、実現すべき目標のためではなく、行為としての「批判」に傾注し過ぎたためである。

そのうえで、問題提起したい。こんな言語環境のままでいいのであろうか。

何か実現することを想定しない、批判一辺倒の言語活用でいいはずはない。


私は、「美しい日本⇒美しい日本語⇒美しい大和言葉⇒万葉ことば」式の図式で、美しい日本を愛する日本人であれば美しい言葉を使うべきと言っているのではない。

我々が使う言葉に、伝統があり、言葉の伝統が今日まで継承されていることを知れば、その言葉の根源と伝統を知り、理解、活用することも、「保守」の範疇に入るのではないか。

政治思想や現実の政治、そして歴史に関心を持つなら、必然的に、日本語の伝統にも関心を持つことに繋がるのではないか。

なお、私個人は、老後の愉しみのつもりで、万葉ことばの存在を意識した、個性的な辞書を少しずつ買い揃えつつあるところである。

・現代語古語類語辞典
・万葉ことば事典
・現代語から古語を引く辞典
・五七五辞典
・美しい日本語の辞典


以上

この記事へのコメント

  • Suica割

    https://news.kodansha.co.jp/20160510_b01
    管理人様とは、方向性が真逆な主張の可能性がある運動に保守活動家は振り回されるべきではないと思い貼り付けました。
    記事の内容が事実であれば、創作嘘歴史によって信頼を落とす前に手を引くなり、批判すべき対象でしょう。
    江戸しぐさの提唱者も内容が良いのですから、堂々と人への気遣いやマナーとして広げれば問題ないと思ってます。
    同じ議員連盟作るなら、日本の古語や方言を研究していくことをすすめる団体を作るなりすればいいと思います。
    過去から伝えられたものを愛しむことは大事ですけど、いかにもそれっぽい偽物の伝統か確かめなくてはならないとは嫌な時代ですね。
    2021年07月22日 15:49
  • 市井の人



    >Suica割さん
    >
    >https://news.kodansha.co.jp/20160510_b01
    >管理人様とは、方向性が真逆な主張の可能性がある運動に保守活動家は振り回されるべきではないと思い貼り付けました。
    >記事の内容が事実であれば、創作嘘歴史によって信頼を落とす前に手を引くなり、批判すべき対象でしょう。
    >江戸しぐさの提唱者も内容が良いのですから、堂々と人への気遣いやマナーとして広げれば問題ないと思ってます。
    >同じ議員連盟作るなら、日本の古語や方言を研究していくことをすすめる団体を作るなりすればいいと思います。
    >過去から伝えられたものを愛しむことは大事ですけど、いかにもそれっぽい偽物の伝統か確かめなくてはならないとは嫌な時代ですね。

    論理と情緒。人は二つの感性を有していると思います。
    論理が強い人は騙されにくいが人として親しみがわかず、情緒的な人は良い人なのですが騙されやすいということなのだと思います。
    ある小説家が歴史書を出しましたが、歴史に詳しい人たちから批判されたのは、その人物が過度に情緒的であったためと思われます。
    2021年07月23日 06:06

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