アクテイブな長期的視点の有効性

本稿では、受け身的政治姿勢のままでは本筋は見えて来ないことを指摘することを目的としている。

本題に入りたい。

作文して、初めて見えてくるものがある。一言で言うと、書きながら創り上げた道理?に沿った、長期的視点での壮大な構想(ビジョン)である。


受け身一辺倒の立場のままの場合、個々の事象に関する報道などから、あれもあったこれもあった、あれはダメこれはダメ程度の状況認識しか生まれない。
構想レベルに到達することはまずない。
これは経験から言えることである。コピペ活動も同様。
情報量が多くなるとマクロの流れが読めなくなる。大きな流れが見えないと、敵勢力の意図の解読はできない。もちろん、味方がどうすべきか、長期的視点に立った施策を含むビジョンに辿りつくことはない。

野党政治家の大部分、一部真正保守政治家が批判しかできなかったのはなぜか考えなくてはならない。私は、これら政治家のビジネススキル不足にあるとみている。


さて、安倍晋三が外交面で優れていると評価されるのは、(価値観外交という)道理と、(安全保障面での)外交施策を(スピーチそして作文上で一体化した状態で)示した点にある。

道理と施策は、長期的視点に立つと、目標達成のための縦糸と横糸みたいなもの。


ビジョンの要素は、①長期シナリオ、②道理、③目標、④個別施策、⑤現在進行中の時系列情勢分析などから構成される。意味不明な方には、ご自身で所属する組織の長期ビジョン策定されることをお薦めする。


作文する視点に立つと、重要事象の一つ一つを吟味するだけでなく、起きている事象に意味をもたせるべく、繋ぎ合わせる必要に目覚める。

敵勢力は明らかに超限戦あるいは超限戦レベルの構想を行った結果、戦いを挑んできている。

―― 参考情報 ――――――――――

超限戦への対応 戦いは始まった!
https://sokokuhanihon.seesaa.net/article/481732581.html

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超限戦であるがゆえに、「これを読め式の拡散活動」では歯が立つはずはない。残念なことだが、保守ネット界は「これを読め式」の状態が続いている。

戦うツール、手段を示していないのである。


当然のこととなるが、個別の戦線で竹槍で戦術レベルで戦って、超限戦に対抗できるはずがない。、竹槍で戦うのは最終手段であるはずだが。
戦略と戦術を常に意識する必要が生まれる。

たとえば、孔子学院問題は、現実的に丸腰の各大学の教官が竹槍次元で対応すべき事案であろうか。私は、政治家、中央省庁、保守系団体がスクラム組んで取り組むべき事案とみている。ゆえに、各大学にいる文科省現役出向職員に特命で担当させるべきと提言した。

―― 参考情報 ――――――――――

孔子学院等実態調査実施体制について(提言)
https://sokokuhanihon.seesaa.net/article/482257835.html

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同様のことは学術会議問題についても言える。
政権は、圧倒的な政治力を以て学術会議問題を処理できるはずなのにしようとしない。彼らを利用し、有権者に左翼学者たちの権威の実態なるものを知らしめようとしているのかもしれない。

彼らは、所詮「公務員学者」=「公僕」に過ぎない。
公務員学者なのであるから、公務員を懲戒処分する感覚でどう扱えばいいのか考えればいいはずである。
権威、権威と威張り散らす、年寄りなど、徹底的に無視すればよいのである。(保守にも、権威、権威と威張り散らす輩がいる。猛省を促したい)

一般論としては、何を戦略とするか、何を戦術とするかは、作文の前提となる、長期ビジョンが前提として存在しないと個別事象の位置づけがはっきりしないことになる。

学術会議問題は単発事案だったのか。それとも、憲法改正推進シナリオの中で、護憲派の本丸を壊滅させるべく、壮大な構想の一部として編み出されたものなのか、、、

白いキャンバスに油絵具を塗り重ねていく作業の中で、遠目にみて映るもの、近目で見えるものは違う。

風景画、静物画、どちらであっても、どの距離、どの角度から描くかで絵の印象は大きく変わる。1キロ先にあるものを精密に描こうとする人はいない。

常識で考えればわかること。自分で作文する習慣ある人なら見えてくる話である。

受け身状態(常に、他人の書いたものを読んでいる場合を指す)ではいけないのである。

以上

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