特攻思想の源流

にわかに保守主義に目覚めた十数年前、一部保守政治家・活動家たちは真正保守を名乗り、話の最後に決まったように特攻話しを持ち出した。その中の一人、とある政治家は、何と橋下徹の政治塾に参加表明、その後はパッとしない。なぜそんなことになるのか。
特攻思想の源流を知らず、提言・陳情等、政治スキルがなかったと言わざるを得ない。先頭に立って何かに取組んだこともなかった。


同様のことは、ネットで特攻動画等をことさら喧伝される方にも当てはまる。


政治行為には政治思想が関係する。思想なき行動は根無し草である。政策実現するにはスキルも当然必要。

残念なことだが、政治(哲学)思想に言及しつつ政治を語る保守系言論人は極めて稀。中川八洋くらいしかいない。


さて、副島隆彦「歴史に学ぶ知恵 時代を見通す力」の一節にて、特攻思想の源流について解説した箇所がある。

▽▽▽ 引用開始 ▽▽▽

歴史に学ぶ知恵 時代を見通す力
副島隆彦

特攻隊へとつづく忠義の思想

横井小楠と、討幕思想の原型になったのはやはり平田篤胤だろう。平田たちが前述した文天祥の「正気の歌」と同じように、つかまって牢屋に入れられて、斬首されても屈しない思想を伝えた。「俺たちは志を変えない。忠義を尽くす。忠義を尽くす対象は天子様である。徳川家ではない。天皇、日輪の子、太陽の直接の子である我らが大君に尽くすのだ」という思想になっていった。それで神道が復興した。それがやがて国家神道という盲目的な完了体制の思想となり、世界と衝突してしまう。

吉田松陰もまったくこれと同じだ。吉田松陰も、まさしく文天祥の再来だ。たった二十九歳で刑死していった。この生き方死に方と気風が、明治、大正の軍人たち、右翼たちの中に受け継がれた。そして昭和の軍人たち、青年将校たちにも、やっぱりこの歌が伝わっていった。屈原が「汨羅の淵に身を投げた」という、二・二六事件の青年将校たちが口ずさんだという「昭和維新の歌」につながってゆく。

汨羅の淵に波騒ぎ
巫山の雲は乱れ飛ぶ
混濁の世に我れ立てば
義憤に燃えて血潮湧く

(「昭和維新の歌」作詞・作曲 三上卓)

この「昭和維新の歌」はもともとは「青年日本の歌」という。一九三〇年(昭和五)に作られた。作詩・作曲した三上卓は、五・一五事件の首謀者のひとり(元海軍中尉)である(三上卓らの戦後の動きは決して潔癖ではない)。汨羅は、古代中国の楚の国の官僚だった屈原が国を憂いて入水した川の名だ。巫山は、中国の名山の名で「巫山の雲」は男女の情交を意味するそうだ。『史記』に出てくる。
一昔前は、街頭で右翼の宣伝カー(街宣者)がこの昭和維新の歌を大音量で流しながら走っていた。今は、それをやると騒音防止条例ですぐに逮捕されるようだ。こうやって日本の政治知識人たちの流れは、全て、文天祥の「正気の歌」につながる


中略

中国で生まれたこの「義」の思想に感じ入ってしまって、日本のエリート階級の、武士階級の連中もまた同じような考えを持った。曽我兄弟の仇討ち思想とも混ざってゆく。赤穂労使の討ち入り(一七〇二年(元禄十五)、忠臣蔵)とも重なる。幕末にはこれが夷狄(欧米白人、侵略者たち)を殺すという行動になる。そして昭和の軍人たちの行動理念ともなった。更に、これが特攻隊の思想にもなった。散華(美しく突撃して死んでゆく)という思想だ。本当は特攻隊というのは、半ば強制的に無理やり志願させられて、青年たちを追い詰めて殺した思想であるようだ。今からでも遅くないからこのことをはっきりとさせなければならない。

中略

大きな結論になるが、尊王攘夷(神道)や特攻隊の思想はダメだ。政治弾圧を受けて無理やり刑死させられるのは仕方がない。殺す方が悪い。それはそうなのだが、私はそういう戦意高揚の思想よりも、やはり冨永仲基のほうが素晴らしいと思う。平田篤胤たちはだめなのですよ。小室直樹先生たちも熱烈な愛国少年だったけど、やはりアメリカには勝てなかった。戦後の秀才たちはアメリカに留学した。
今の日本で、自分は民族主義者で愛国派だと勝手に思い込んでいる人々がいる。保守言論人と総称される。しかし、どうも彼らは支配国アメリカの言う事に忠実な人々である。とにかく共産中国が嫌い、中国人が嫌いだ、という人たちだ。やっぱり考えが狭いといいますか、どうもまともでない。「だからまんまと大きく騙されて原爆を落とされたんじゃないか。何でまだ分からないんだ」と、私は叫びたい。

△△△ 引用終了 △△△


副島隆彦の着眼点は良い。が、正確さに欠けるという指摘が結構ある。
上記もその類かもしれない。そうは言っても、読んでいてああそういうことだったのかと思うこともある。そこで、特攻について語る場合、上記事項について、一通り自分で調べ検証する必要が出てくる。

また、副島隆彦が断定的に述べていることについて自分の言葉で説明しつつ歴史的判断が下せ、特攻精神を語る人(言論人、政治家、活動家)は少ない。

世の中には、自らは政治活動の先頭に立つことなく、常に安全な立ち位置を常に選び、主張した事項について政治的効果、説得力を持たせるために特攻情報をコピペ芸人感覚で転載する人だらけである。

彼らの崇高な自己犠牲、情念に応えるには、そんな程度のことでいいのか。少なくとも他人任せにせず、自分で調べ、理解、自分の言葉で表現する努力が求められる気がするのである。

以上

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