高市政権 実務に精通した穏健な現実主義者を閣僚・党の要職に据えている

目先、中共の対日批判・制裁が激化しつつある。
彼らは、高市の答弁を問題視しているが、真相は異なる気がしている。

中共の対日工作部門の責任者は、公明の連立離脱を唆したが、却って政権基盤が安定、公明離脱した自民なら、、、ということで支持率急上昇、、、中共の目論見が完全に裏目出て、習近平に対するメンツ丸潰れとなり、いい年をしてステリーを起こし、対日批判・制裁に至った可能性がある。

中共は焦り始めているとの指摘もある。


▽▽▽ 引用開始 ▽▽▽

とかしきなおみ 自民党 元衆議院議員 大阪7区(吹田市、摂津市)
@naomi_tokashiki
·
11月19日
北京を訪れた外務省・金井氏が中国側に頭を下げたように見える動画が中国SNSで拡散しています。これは優位性を示したい中国側のプロパガンダに過ぎません。むしろ、こうした切り取り動画を急いで広めているのは、日本が一歩も引かずに主張を貫いている現状に中国が焦り始めた証拠とも言えます。
木原官房長官が述べた通り、日本は「理解と協力を増やす」という方針を変えず、筋を通して粘り強く対応すべきです。信念を曲げずに向き合うことこそ、時間はかかっても日中の健全な互恵関係を築く一歩になると考えます。

△△△ 引用終了 △△△


彼らが大騒ぎする時、特に、異常にヒステリックな場合、責任ある人の判断ミスをカムフラージュすることが目的であるような気がする。

中共反発の本質は、答弁撤回拒絶でもないし、領事の追放を迫る日本政府の対応でもない、、、

さて、外資系メデイアが、高市政権を穏健で現実的と評している。


【Bloomberg】やり過ぎた中国、高市首相の政策遂行手助け…「敵意は圧倒的に一方的、高市氏が穏健で現実的に見える」
https://itainews.com/archives/2055458.html


過去原稿にて、高市総裁人事、高市政権人事の用意周到な人選から、高市は熟慮した結果、あのような答弁を意図して行ったとの見解を拙ブログは示した。


▽▽▽ 引用開始 ▽▽▽

https://jisedainonihon.exblog.jp/35427939/

中共の強硬姿勢が想定される中、高市がなぜあのような答弁に踏み切ったのか(①岡田の執拗な質問に対しヒステリーを起こしたのか、②トランプ来日以降舞い上がってしまい岡田質問に誘導される形でついうっかりあのように語ってしまったのか)

私は、上記①、②どちらでもないと思う。

なぜそう考えるのか。その根拠は、どこにあるのか。

有力な根拠の一つとして挙げられるのが、高市総裁人事、高市政権人事の用意周到な人選である。岸破派の動きを封じ、重大事案について党内結束して事にあたることを目指した、かなり熟慮された人事配置となっている。高市、片山、小野田三人を並べれば、左翼系野党からみれば、過激な改革派となりそうだが、幹事長、主要閣僚は必ずしも過激な意見、主張を通すタイプではないことを以下の引用記事から裏付けることとしたい。

少々長文となることご容赦いただきたい。

△△△ 引用終了 △△△



宮崎正弘のメルマガにて、高市政権を支える主要閣僚、党の要職に就いた政治家の人物評が、読み応えがある。こういう見立てもあるのかという内容となっており、小数与党でありながらも長期政権を意識した布陣と思われるため、以下に転載させていただく。

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 「宮崎正弘の国際情勢解題」 
    令和七年(2025年)11月15日(土曜日)
        通巻第9027号   <前日発行>
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(読者の声2)したたかな高市さんの手練手管政治手法──その20=党人事としての鈴木俊一幹事長の場合
 高市早苗が総裁に就任し、初めての幹事長人事で鈴木俊一を据えた。これは単なる安定志向の人事ではない。派閥という名の「見えざる血管」を知り尽くした高市の、緻密な党内掌握術の中核に位置する布陣である。
 鈴木俊一は、父に第70代総理・鈴木善幸を持ち、姉が麻生太郎の妻という血縁構造の中に立つ。つまり、鈴木は「麻生家の義弟」でありながら、志公会(麻生派)に属しつつも、特定派閥への過度な依存を避ける“中間派”の性格を保ってきた人物である。
この絶妙な距離感が、派閥間の緊張を和らげる調整弁としての価値を持つ。
 麻生派、茂木派、安倍系残流、森山・茂木ライン、さらには岸田残党と、いまの自民党は表向き「派閥なき体制」を標榜しながらも、実際には多数の権力線が地下水脈のように交錯している。その中で鈴木は「誰とも対立せず、誰からも信頼を失わない」稀有な調停型政治家である。財務相時代には党財政や地方組織とのパイプを培い、また岩手を地盤にした地方連携も強い。つまり、中央と地方、長老と若手、派閥と無派閥を橋渡しできる「潤滑油」のような存在なのだ。
 高市にとって、この鈴木の起用は「敵をつくらない戦略」に他ならない。麻生を敵に回さず、茂木派を刺激せず、旧安倍系をも排除しない──そのどれにも偏らぬ鈴木という中庸の旗を立てることで、党内分断を防ぐ巧妙な布陣が完成する。
 血縁と信義、穏健と調停、そのいずれにも長けた鈴木俊一の登用は、高市政権が派閥抗争を超えて「統合の政治」へと踏み出すための最初の楔である。
すなわち、血筋を活かし、派閥を制し、人脈で党を融和させる──この人事こそ、高市が描く長期安定政権への“初手”にほかならない。
  (奥山篤信)

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 「宮崎正弘の国際情勢解題」 
    令和七年(2025年)11月11日(火曜日)
      通巻第9023号 
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(読者の声2)したたかな高市さんの手練手管政治手法(その15=平口洋・法務族の場合)
 東京大学法学部卒業。山口県出身。旧建設省(現・国土交通省)入省 衆議院議員(広島2区)。自民党・岸田派所属
東大法学部卒の典型的な官僚出身政治家で、法と秩序・司法制度に強い関心を持ち、死刑制度維持を含め「厳格な法治主義」を重んじる立場として知られている。法とは、秩序を形にした約束である。
そして秩序とは、人間の情念を抑え込む理性の柵(しがらみ)だ。
──平口洋という男は、その柵の内側にこそ、国家の尊厳が宿ると信じている。
検察官としてキャリアを積み上げ、数多の修羅場を潜ってきた男が、政治の世界に身を投じたのは遅咲きの五十代。だが、彼の眼差しはいつも冷静で、どこか「法の守護者」のまなざしを失わない。
法務副大臣としての平口は、刑事司法改革、再犯防止、取調べの可視化、被害者支援など、細部に宿る制度の精神を正確に理解し、「正義の感情」と「法の安定性」を同時に守る道を模索した。
世に「死刑廃止論」が声高に叫ばれる中、平口は一歩も引かない。彼にとって死刑制度とは、国家が最後に示す「社会的秩序の境界線」であり、「法が命に向き合う最後の義務」でもある。
彼は言う──
「被害者の尊厳と国民の法感情を無視した制度改革は、司法の信頼を損なう。」
 この言葉には、情念ではなく理性がある。だがその理性の奥には、長年の現場で培われた**「人間の闇を知る者の情」が潜んでいる。
 高市早苗総理が掲げる国家理念──「秩序のある自由」「責任ある国家運営」。
その実務を支える陰の参謀として、平口はまさに**「法と秩序の信奉者」にして、司法の現場を知る数少ない政治家だ。
岸田派にあっても、派閥利害とは距離を置き、黙々と法務・倫理政策の理論を支える職人肌。高市にとってこうした人物こそ、派閥を超えて信を置ける「無派閥の知性」である。
 目立たず、声を荒らげず、しかし一度口を開けば、すべての議論が整然と沈黙に包まれる──それが、平口洋という男の政治的技(わざ)である。
   (奥山篤信)


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 「宮崎正弘の国際情勢解題」 
    令和七年(2025年)11月22日(土曜日)
        通巻第9039号  <前日発行>
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(読者の声2)したたかな高市さんの手練手管政治手法(《その31 松本 尚(デジタル大臣)の場合)》
 ── 東大医学部から政治の荒野へ。高市が重用した“異能の実務家” ──
  松本尚という政治家の特異性は、まずその経歴に端的に表れている。東京大学医学部卒、医師。
 この肩書だけで、普通なら学者・研究者・専門職の世界にとどまる。しかし彼は、安定した医師の道を捨て、あえて“政治の荒野”へ飛び込んだ、極めて珍しいタイプの政治家である。
 医学部で学んだ冷静さ、実証主義、そして「人の命に責任を持つ」という覚悟。こうしたものが彼の行動原理に深く根ざしている。そのためか、松本尚にはありがちな政治家の“虚勢”“怒鳴り声”“パフォーマンス”が一切ない。
 高市早苗が、国家の生命線であるデジタル政策を誰に託すか、考え抜いた末に白羽の矢を立てたのが、まさに松本だった。
 デジタル庁ほど理不尽な役所はない。 利権は小さく、敵は多く、責任だけが大きい。国と地方、古いシステムと新しい規格、霞が関の前例主義のすべての板挟みになる“しんどい仕事”である。
 そこで必要とされたのは「派手な政治家」ではなかった。“淡々と、しかし確実に前へ進める男”だった。
 松本尚は、怒らず、脅さず、威圧せず、 だが一度決めた方針は絶対にぶらさない。
 医師として、人間の生死に向き合ってきた者だけが持つ、 静かだが揺るぎない胆力がある。
 高市は、それを見抜いた。
 東大医学部という超エリートにありながら、 自己顕示もなく、派閥の飾り物にもならず、
 ただ政治を“仕事”として淡々とやり抜く。政局ではなく、国家の基礎インフラの整備に最も向いた人物だった。
 デジタル化とは、国家の血管を入れ替えるような大手術である。高市が医師出身の政治家を抜擢したことは、むしろ必然だったのかもしれない。「静かなる実務家。国家のメンテナンスに徹する男」。松本尚は、その象徴である。
  (奥山篤信)



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 「宮崎正弘の国際情勢解題」 
    令和七年(2025年)11月12日(水曜日)
      通巻第9024号 
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(読者の声1)したたかな高市さんの手練手管政治手法(その16 松本洋平文科大臣の場合)
  政治家なんて、どこか臭いものがある。理屈ではなく、肌で感じる“人間の匂い”というやつだ。ところが──この松本洋平という男には、それがない。無臭。無害。無個性。まるで新築マンションのモデルルーム。
  もちろん悪い意味ばかりではない。早稲田の政経を出て、NEC勤め。岸田派。経歴は美しい。スーツもきちんと着こなし、声も柔らかい。だが、あまりに優等生的でまるで精密機械が政治をしているようだ。
  政治というのは、もっと泥臭くて、汗と酒と涙の匂いがするものだ。人を押しのけ、時に裏切り、時に泣かせ、それでも前へ出ていくからこそ“政”なのだ。松本氏を見ていると、その匂いが一滴も感じられない。
  どんな時代にも、こういう男は一人いる。波風を立てず、敵も作らず、いつの間にか昇っていく。政治の世界では、それを“調整型”と呼ぶ。しかし、裏を返せば、「何も賭けない者が、何も失わずにいる」だけの話でもある。
ただ──こういう男が最後に笑うこともある。なぜなら、政治とは「我慢大会」であり、声の大きい連中が自滅したあとに、“静かな凡人”が残るのが日本政治の常だからだ。
 正直、私の好みの政治家ではない。
けれども、時代がこの無臭を求めているのなら、それもまた現代日本の一つの姿なのだろう。だからこそ、高市早苗がこういうタイプをそばに置くのは面白い。己と正反対の人間を選ぶ──それはまさに、したたかな女の政治学である。
   (奥山篤信)

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 「宮崎正弘の国際情勢解題」 
    令和七年(2025年)11月19日(水曜日)弐
        通巻第9035号  
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(読者の声2)したたかな高市さんの手練手管政治手法《その28 上野賢一郎大臣の場合》
 上野賢一郎という政治家は、その来歴をたどるほどに「整然としているのに、不思議なほど記憶に残らない」という希有なタイプである。
1965年、滋賀に生まれ、滋賀県立膳所高校から京都大学法学部へと進み、旧建設省へ入省した。官僚としての基礎教養は揃っており、地方行政や都市計画の現場を心得ているはずなのだが、彼を語るときに“強烈な何か”がどうしても出てこない。
 官僚人生を経て政界に転じ、衆議院議員となって以降も、その歩みは穏やかそのものだった。自民党内でも目立ち過ぎず、かといって埋没し過ぎるわけでもなく、まるで“どの棚にも無理なく収まる書類箱”のような存在感を保ち続けている。
内閣府の職務や国会対策、副大臣などのポストも務めたが、役職が変わっても雰囲気が変わらない。よく言えば安定、別の言い方をすれば“波形がほとんど出ない政治家”だ。
その意味では、上野賢一郎には派手な野心も、大胆な政策提案も見受けられない。
政治家としての語り口は端正だが、どこまでも官僚的で、理念の輪郭は霞のように淡く、個性の鋭利な部分が一切見当たらない。まるで、政治の舞台に立ちながら、自身の影を慎重に薄め続けてきたようにも見える。
こういう人物を“魅力がない”と切り捨てるのは簡単だが、むしろ日本政治の構造は、こうした政治家によって維持されているのだとも言える。
そして、高市早苗のしたたかさは、こうしたタイプの議員の扱い方にもっとも端的に現れる。高市は、理念で押し切る局面では自身が矢面に立ち、調整が必要な場面では、上野賢一郎のような“摩擦を生まず、どこにでも馴染む人物”をそっと配置する。この絶妙な人材の配合こそ高市早苗の政治手法の核心である。
上野の存在は、強烈な光を放たない代わりに、周囲の光を乱反射させない。政権の巨大な装置の中で、何かを破壊することもなければ、新たな形を生むこともない。ただ、決められた軌道を静かに歩み続ける。
 その歩みが退屈であるという批判も可能だが、逆に言えば──だからこそ、高市にとっては扱いやすい“透明なピース”となり得る。
世間を熱狂させる魅力もなく、喝采を呼ぶ劇場型の才もない。それでも、日本政治の長い河の中では、こうした存在が水面を乱さず流れを保つ。上野賢一郎という政治家には、華はないが、政権を静かに支える“影の構造材”としての役割がある。
そしてシリーズの最後に彼を置くと、むしろ日本政治の一つの真実が浮かび上がる。
政治は、光の者だけでは動かない。むしろ多数の“色の薄い者たち”の沈黙と習性の中で安定するのだ。
   (奥山篤信)

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 「宮崎正弘の国際情勢解題」 
    令和七年(2025年)11月19日(水曜日)
        通巻第9034号  
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(読者の声2)したたかな高市さんの手練手管(その27 金子恭之国土交通大臣──平凡に見えて“使える”男)
金子恭之という政治家を語るとき、多くの人はまずその“平凡さ”を挙げる。
「ああ、あの地味な人ね」と。しかし、政治とはつくづく皮肉な営みである。派手な旗や鋭い言葉を振り回す者よりも、時として“影が薄いと思われている人物”こそが最も確かに、最も静かに権力の隙間を埋めていく。
 金子はエリート官僚あがりではない。
霞が関の肩書きを防具のように身にまとって歩くタイプとは正反対だ。地方議会から国政へと這い上がってきた、古い意味での「自民党的叩き上げ」である。熊本県議から国会へ進み、農水、地方振興、インフラといった実務の泥を黙々と踏みしめてきた。その歩みは華々しくはないが、現場の匂いを知る政治家に特有の土臭い信頼感がある。
 特定省庁との癒着がなく、どこかに“寄りかかる”必要もない。地元自治体や農業団体との調整に長け、総務大臣も務めたことで「役所の動かし方」を心得ている。つまり、官僚にも派閥にも極端に偏らず、しかし確実に実務を回すことができる。政治の現場ではこの“無難さ”が、時に派手な能力より重宝されるのだ。
 高市早苗が金子を抜擢した理由は、ここにある。
 公明党の影響力が薄れた政務の領域では、誰も口に出さないが「空白」「真空」のような状態が生まれていた。予算も人事も、長年続いたバランスが崩れ、ひとつ間違えれば党内対立が火を吹く。こういう繊細な局面に、改革派の旗手のような人物を投げ込めば、場は一気に荒れるだけである。
 高市が求めていたのは、官僚に飲み込まれず、しかし官僚も扱いやすい。派閥を刺激せず、利害の火種を拾わない。
 地方組織に強く、地元の吸い込みが良い。
 ──つまり、政治の複雑な力学を“そっと緩衝する存在”だった。
 金子恭之は、この条件に不思議なほどぴたりと当てはまる。彼は独自色を強く押し出さない。だが、それが逆に、周囲の政治勢力が互いに牽制し合う場所へ置くと驚くほどの効果を発揮する。“争わずに均衡を保つ政治装置”としての働きをするのだ。
 高市の政治的読解は、いつも冷静かつ鋭い。公明党の後退で生まれた空隙を埋めるには、派手な一手ではなく、まず最初に「石を一つ、静かに置く」必要があった。その石こそ金子であり、高市政権の盤面に安定をもたらすための最初の布石である。
 政治の要は、いつだって「騒がない歯車」が支えている。
金子恭之とは、その静かな歯車を任されることを厭わないタイプの政治家だ。高市政権にとって、彼はまさに“平凡に見えて最も扱いやすい、そして最も確かな装置”なのである。
   (奥山篤信) 


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 「宮崎正弘の国際情勢解題」 
    令和七年(2025年)11月22日(土曜日)弐
        通巻第9040号 
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(読者の声1)したたかな高市さんの手練手管政治手法《その32 いそざき仁彦・参議院国会対策委員長の場合》
 いそざき仁彦という政治家を、どれほどの国民が正確に理解しているだろうか。テレビ映りの良さや派手なパフォーマンスとは無縁の人である。
だが、国会という“生き物”を動かすのは、むしろこうしたタイプの政治家だと、僕は長く政治の現場を見てきて痛感してきた。
 参議院は衆議院とは違う。党勢、会派、議院運営、慣例、そして“あの空気”。蓄積された人間関係の網の目のなかを、少しでも読み違えれば審議は止まり、政府与党の政策も吹き飛ぶ。そんな繊細きわまる参院のステージで、いそざきは驚くほど安定した舵取りを見せてきた。
 僕が彼に注目したのは、高市さんが総理になった後、参院の国会運営を誰に託すのか──その一点だった。参議院の国対委員長という役職は“表の顔”ではない。むしろ影の主役、国会の歯車を一つでも噛み違えないよう整える「裏方の司令塔」である。
ここに誰を置くかは、総理の国会戦略そのものである。
 高市さんは、あえていそざきを選んだ。この人事に、実は高市流の“したたかな政治眼”が宿っている。
 いそざきは、派手さはないが、話を聞く。相手の立場を読む。怒号が飛ぶ与野党の駆け引きの中でも、彼は決して声を荒げない。理詰めで詰めるのでもなく、情に訴えるのでもない。淡々と、だが正確に、相手が飲める落としどころを積み上げてゆく。参院特有の複雑な縄張りや、妙に根深い“院内の地層”を読み解く感覚が、彼にはある。
 高市さんは、そうした彼の資質を見抜いた。 
総理大臣という存在は、どうしても批判や感情の渦を呼び込みやすい。そこで参院側に、冷静で無駄な摩擦を起こさず、しかし肝心な場面では強く国会を締められる人物が不可欠だった。火消し役でもあり、橋渡し役でもあり、時に矢面に立つ盾にもなる。いそざきは、その種類の政治家だ。
 僕は、いそざきが参院の国対委員長として重宝される理由を、一言で表すことができると思う。「派手さはないが、信頼できる。」これは政治の世界では最も難しい評価だ。派手で人気を取ることは簡単だが、信頼を積み重ねるには毎日の粘り、裏切らない態度、そして自分を大きく見せない謙虚さがいる。そんな骨の折れる政治を淡々とこなすタイプは、現代の国会ではむしろ貴重だ。
 高市さんの周囲には、実務型が多い。だが、いそざきのように「相手から信頼される実務型」はさらに少ない。国会対策とは、敵味方を問わず信頼を築いた者だけが務まる仕事なのだ。やかましい人間や、感情で動く人間では務まらない。国会は人間の塊だが、同時に人間の感情が渦を巻き、油断すればすぐ炎上する危うい舞台でもある。
 その舞台で、いそざきは静かに、だが確実に役割を果たしている。
 高市さんが彼を起用した理由はそこにある。 “目立たぬ者が、国を支えている”──それを象徴する政治家の一人が、いそざき仁彦なのである。
   (奥山篤信)


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 「宮崎正弘の国際情勢解題」 
    令和七年(2025年)11月18日(火曜日)
        通巻第9032号   <前日発行>
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(読者の声3)したたかな高市さんの手練手管政治手法(その25=松山政司 参議院議員会長の場合)
 参議院というのは、衆議院とは別の重力が働く奇妙な惑星である。長老文化、宗派的結束、地元利益の糸、そして“物言わぬ否決力”。この複雑怪奇な力学を最も穏やかに、しかし確実に操縦するのが松山政司である。
 松山は派手さとは無縁だ。だがその無派閥性とソフトな物腰こそ、高市が最も巧みに利用し得る“潤滑油”だった。参院の反主流・慎重派・無所属会派──それらを一つずつ吸収し、摩擦熱を最小化して全体を動かす。参院会長としての松山は、まるで大きな船の慣性を利用するかのごとく、急がず、乱さず、しかし確実に方向を変えていく。
 高市が総裁選で勝利し、新内閣を組成したとき、衆議院側は“変革の熱”で輝いていたが、参議院はまだ静かに、そして疑い深かった。ここをまとめる人物として松山を据えたのは、まさに高市流の“読み”である。激しすぎる人材を起用すれば参院は反発し、弱すぎれば舐められる。松山政司はその中間点、いや参院文化にとって唯一の“可動域の中心”だった。
 加えて、彼の経歴は高市好みの“丁寧な男”のそれである。地元密着の福岡選出、経産副大臣や復興政務官の実務経験、そして安倍政権時代に培った党内の横串ネットワーク。
どの派にも強い色が付かず、しかし誰からも信頼されるこの“中衆の力”──これが参院政治の真髄であり、高市が一番欲しかった資質である。
 高市早苗の権力装置は、衆院の突破力と、党本部の統制力、そして参院の沈黙の支持が三位一体で回ることで完成する。松山政司の配置は、その第三点を盤石にするための、極めて静かながら決定的なピースだった。
 表に出ない男が、陰で巨大な力を動かすことがある。松山政司とは、まさにその典型である。高市は“戦う女”だが、同時に“任せる女”でもある。大声で吠える武将だけでは国は回らない。静かに潮の流れを変える参院会長──その存在があってこそ、高市政権の船は安定して前に進むのである。
   (奥山篤信)

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 「宮崎正弘の国際情勢解題」 
    令和七年(2025年)11月16日(日曜日)
        通巻第9029号   <前日発行>
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(読者の声2)したたかな高市さんの手練手管政治手法《その22赤間二郎復興大臣の場合》
赤間二郎という政治家の歩みは、実に日本的な“よく整えられた道”を連想させる。1968年、相模原に生まれ、県立相模原高校から立教大学経済学部へ進み、そのまま地元に根差す政治活動へと進んでいく。1999年に神奈川県議会議員に初当選した時点から、すでに地域には父の代からの基盤がしっかりと存在しており、赤間の政治人生は「苦闘の道」というより、“継承の延長線”として自然に形づくられた。
この県議時代における彼の政治姿勢は、刺激的な政策提言よりも、行政との調和を重んじる穏やかなスタイルだった。地元の公共事業、教育政策、県財政──どれも着実にこなしてはいるが、突出した独自色が見られたわけではない。むしろ、“政治家としての癖の少なさ”が特徴と言えた。だが、この淡泊さこそが、後に中央政界で扱いやすい性質として評価されることになる。
 2005年、小泉旋風に押されて衆議院へ進んだあとは、淡々と議席を固めながら、総務、国家公安、内閣府など実務型のポストを歴任していく。国家公安委員会委員長としての任務、そして現在の復興大臣という重責も、ある意味では「波風を立てない安定感」が買われての抜擢だろう。型破りの突破力が求められたのではなく、むしろ既存の行政装置にスッと馴染む性質が重視されたのである。
 だが、ここに赤間二郎の“評価の難しさ”がある。
政治家としてのドラマ性は希薄で、理念の輪郭も曖昧だ。個性の強い指導者と比べれば、どうしても印象の薄さは否めない。とはいえ、派手な剛腕政治家ばかりでは組織は動かない。
政権の現場には、こうした“摩擦の少ない人物”が必ず必要となる。
 高市早苗は、この種の議員の扱いに抜群に長けている。
 敵にも味方にもならず漂う中間層を、的確に盤面に配置し、政権基盤の“隙間”を埋めさせる。赤間のような議員は、高市の大局設計の中で、目立たないが確実に役立つ石のひとつである。突出しないことが弱点であると同時に、政権運営の安定材にもなる。高市の“擬餌針のごとき政治調整術”が最も活きるタイプである。
 世襲の匂いは確かに否めない。
しかし、それを声高に批判するのも野暮だろう。日本政治が長年受け継いできた一つの伝統であり、その枠組みを利用して政治が回ってきたのも事実である。赤間二郎はその典型例として存在しているだけで、良くも悪くも“日本という政治制度の産物”なのである。
派手さはない。烈な理念も、刺激的な語りもない。だが、政治という巨大装置を支えるには、こういう部品も必要だ。
赤間二郎は、その“無色透明な存在感”ゆえに政権のどこへでも嵌まる。それ以上でもなく、それ以下でもない。そして、その均質さこそが、日本政治の縮図のようでもある。
  (奥山篤信) 


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 「宮崎正弘の国際情勢解題」 
    令和七年(2025年)11月20日(木曜日)弐
        通巻第9037号  
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(読者の声4)したたかな高市さんの手練手管政治手法(その30  石井準一院幹事長院幹事長の場合)
 石井準一という政治家には、強烈な個性も派手な逸話もない。むしろ、参議院特有の空気の中で静かに存在し続ける「実務型の安定感」の化身といったほうが近い。千葉県勝浦の生まれで、県立長生高校から拓殖大学政経学部へ進んだ。いわゆる東京のエリート街道ではないが、地方議会から国政へと一段ずつ積み重ねていく叩き上げの道を歩いた。その慎重な歩幅は、一見地味に見えて、実は参院政治にとってもっとも扱いやすく、もっとも重宝される資質でもある。
 彼の国会での佇まいは、声を荒げず、自己主張も過度に強くない。しかし、税制や財政の議論になると、その口調は少し早くなり、専門的な語彙が自然と溢れてくる。保守政治が本来持っていた「税は国家の骨格である」という古典的な感覚を、石井は無理なく体現している。思想家ではないが、国家運営の最低限の筋だけは外さない──その“芯の太さ”が、彼の職人めいた政治感覚を固めている。
 高市がこの男を参議院幹事長に据えた理由は明白だ。参議院とは、衆議院とはまったく違う力学で動く場所で、小さな不満や微妙な権力バランスが、時に政局の伏流になる。そこで重要なのは、雄弁であることでも、派手であることでもない。むしろ「余計な波紋を立てず、誰の面子も傷つけず、それでいて政権の意図を確実に通す」タイプの人材である。石井はまさにその役割を淡々とこなす。参院自民党の長い経験が、彼にしか見えない“空気の目盛り”を育てたのだろう。
 強いリーダーの下には、必ず“安定装置”が必要になる。高市の強烈な推進力を支えるには、参議院側で無駄な揺れを吸収できる人物が不可欠だ。石井は自らの政治的色を前面に出さないことで、むしろ政権全体の均衡に寄与する稀有なタイプである。派手に動くこともなく、勝手に走り出すこともない。そうした控えめさは、高市にとってもっとも安心して手綱を預けられる資質でもある。
 石井準一は、決して大見得を切る政治家ではない。しかし、参議院という繊細な舞台を円滑に運営するには、こうした無理のない老練さが不可欠だ。地味であることを長所に変えられる者だけが、このポストの重みに耐えられる。高市が参院幹事長に彼を置いた判断は、政権の基礎体力を支える“静かな要石”を選んだに等しい。喧騒とは距離を置き、しかし確実に場を安定させる。そんな石井の存在こそ、参議院政治の裏側で光っている
   (奥山篤信)

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