タテマエが通用しない時代?

本稿では、かつて高度成長期のビジネス社会で語られた、タテマエ(の論理)について、述べさせていただく。


私は、若い頃、(気にいらない)上司から指導を受けたことがある。要約すると以下のような内容となる。

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上司の発言(時期は1985年前後)

・〇〇君、世の中、しがらみだらけ。しがらみが社会を支配する結果、企業間の取引は持ちつ持たれつ(タテマエ)の関係であることを知っているか。

・日本のビジネス社会はそういうやり方で成り立ってきた。これからもそうなるだろう。

・持ちつ持たれつの関係こそが日本的経営の神髄なのだ。

・君のような、ホンネで白黒はっきりさせる、デジタル発想で契約書的感覚での仕事の進め方を私は感心しない。

・仕事には、長年の経緯、積み重ねがある。取引先、関係会社、みんな持ちつ持たれつの関係でやってきて維持されてきたことを理解し、今後は仕事していただきたい。

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皆様は、この上司をどう思われたであろうか。

この上司は、「商習慣的に通用するはずがない、タテマエ」を私に敢えて教えようとしたのである。上司は、私の事を相当生意気な部下と認識したはずである。


日本が経済発展していた時代の日本企業の管理職の発想は、これに近いのではないか。
ちなみにこの上司、有名受験校の劣等生。(私からみて)この上司は、苦労した経験、努力した形跡がない。酒好きで仕事帰りに一杯飲んで帰るのを習慣とし、40歳台で取引先に再就職した。(役人の世界で言う天下りみたいなもの)ちなみに、天下り先での天下り社員の定年は75歳前後。(かなり恵まれている?)


この場合の持ちつ持たれつとは、ホンネで言うと、「取引先に天下って、75歳まで職位と収入を得るビジネス社会を維持することがわが社経営上最善であり、そのために後輩社員は協力すべき」という意味であるよううな気がする。


私は、こんな程度のタテマエなら不要と考え、この上司の存在を、完全に無視した。


官僚の天下りも、似たようなところがある。昨今は、天下り先での居心地が悪くなってきている気がする。上級公務員試験志願者が減少傾向にあるのは、勤務時間の長さだけであろうか。天下り先が先細り、(退職金を何度も貰える)現役出向がなくなった?ことと関係あるような気がする。


そして、官僚は依然として持ちつ持たれつの社会構造に組み込まれている。

何をしたか。
行政指導である。曖昧な法規制を放置、ザル法状態にして、最終的に行政指導の余地を残したのである。

こうして、官と民のもたれ合いが維持された、、、

つい最近まで、こんな発想の上司があちこちにいたような気がする。


話は飛ぶが、個人情報保護委員会がLINE社に対し行政指導する方針であるとされる。

―― 参考情報 ――――――――――

LINEが委託先の「監督不備」 個人情報保護委、行政指導へ
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUE225N80S1A420C2000000/

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天下りを受入れて貰って、、、接待して貰って、、、見返りに杜撰な法規制を放置、問題が生じれば、行政指導する、、、

総務省は時代遅れの、持ちつ持たれつの官庁と認識されるに至った。

個人情報保護法に限らず、放送法など、総務省所管の法律は時代遅れの法律であることは明らか、、、


さて、家電、半導体、スマホ分野で日本企業は国際競争に敗れた。
競争に敗れた主因は、日本の大企業が、しがらみから脱することがせず、この種の「持ちつ持たれつ的発想」から抜け出すことができなかったせいではないか、と私はみている。

私の周囲は、仕様書が書けないエンジニア(カタログエンジニア=カタログを読み転記する程度の能力しかないエンジニア)だらけだった。メーカー依存しないと許認可対応できない実態にあった。メーカーと政界・官庁がグルではないかと疑ったこともある。
これも、持ちつ持たれつの一形態と思う。

突き詰めて考えると、私は、タテマエとして、「仕事上、白黒はっきりさせ、デジタル的発想で契約書的感覚で仕事をする」ことをイメージした。「持ちつ持たれつ的関係で日本的経営を維持する」などという発想は、「タテマエにそもそも該当しない」と考えたのである。

今やそうなったはずである。

もちろん、私は日本的経営を否定はしない。持ちつ持たれつ的なビジネス感覚を嫌悪・否定したのである。


以上

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